第14話 アタック・ザ・ハニービー

「これは想像以上に大変ですね。」


 東風さんが森を見回しながら俺に話しかける。


「周辺を確認できる範囲マップもなければ、指示マーカーが探す人の位置を教えてくれる訳でもない。

 ゲイルという名前の十歳前後の男の子というヒントだけで探さなければならないとは。

 しかもこの世界では水と食料切れというタイム制限まである。

 迷ったのが子供となれば、皆が心配するのも理解できます。」


 俺はゲイルの名を呼ぶのを中断して東風さんに答える。


「ええ、しかもこの辺は茂みが深いですから視界が悪くて……背の高い東風さんなら遠くまで見渡せませんか?」


「難しいですね。

 背の高い草も多いですし、茂みに紛れた子供を探すにはもっと高いところから見渡さないと……少々お待ちください。」


 東風さんは音もなくジャンプし、木の上まで飛び上がる。


「東風さん?!」


「上から確認しましたが、残念ながらこの周辺にゲイルさんがいる様子はないですね。」

 木の上から東風さんの体重で枝が軋む音が聞こえ、木の葉が舞い落ちて来る。


「いま降りますので、お気をつけください。」


 音もなく東風さんが、俺の目の前に着地する。

 あの体重でよくこんなに静かにジャンプできるものだ。

 忍者がはシーフ上級クラスだというのも、この体術を目の当たりにすれば納得ができる。


パシ……


 着地した直後、木の上から降ってきた茶色い球体を東風さんは片手でキャッチする。


「え……それって……」


「ハチの巣ですよ。

 ”ハチミツ”という素材が取れるのですがご存じないんですか?

 降りる途中で見つけたので採取しといたんですよ。」


「いや、そうじゃなくて!」


ブウゥ……ン


 蜂の巣を飛び立ったハチ達は雲のようになって東風さんを囲む。


「なにやってんですか!

 早く逃げて!」


 俺が叫ぶより早くハチが東風さんを襲っていた。


「ぐわぁ!」


 東風さんは体をまるめ、まるででかいボールのようになってハチから逃れようと超高速で転げまわる。

 俺は慌ててカバンから魔導弓取り出し構えたが、何をしていいのかわからない。


(攻撃魔法は東風さんを巻き込む恐れがあるから、キュアアローでハチの毒を無効化するか、それともガードアローで……いや、それ以前に東風さんの動きが早すぎてマジックアローを命中させられる気がまるでしない。)


ドスッ!


 超高速で地面を転がっていた東風さんが大木に激突し、動きを止める。

 ミシミシと鈍い音を響かせて傾く大木の根元に向かって、容赦なくハチが群がる。


「東風さん!」


チュドッ……ォォォン!


 突如ハチの群れの中心から爆炎が上がり、焼け死んだハチ達がボトボトと空から降ってくる。


「と……東風さん?」


 俺は降り注ぐハチを手で払うようにして東風さんの姿を探したが、黒く焦げた大木の幹と地面があるばかりだった。


「いやぁ、大変な目にあいました。

 この世界のハチは怖いですね。」


 声をした方に振り向くと、影の中から東風さんがはい出て来るところだった。


「大丈夫ですか?

 ハチの毒は?」


「我々には毒耐性の装備もあるじゃないですか?」


 見れば、あれだけハチにたかられていたのに東風さんには腫れ一つない。

 防御力を上げる指輪も装備しているのだから、恐らくはハチの針に刺されたダメージもほぼないのだろう。

 俺はほっと胸をなでおろした。


「もうバカな真似をしないでくださいよ。」


「すいません。

 まさかこんな事になるとは思っていなかったものですから。」


 今度こそハチミツを手に入れようと巣に手を伸ばそうとした東風さんを俺は引き留める。


「まだ、巣の中にハチが残ってるかもしれませんよ。」


「この世界でハチミツを手に入れるのって、こんなに大変なんですか?!」


 東風さんが慌てて手を引っ込めた。


「なにやってんだよ、おまえら?

 新モンスターでも出たのか?」


 茂みから勢いよくイザネが飛び出してきた。

 さっきの爆音を聞きつけて駆け付けたのだろう。


「ハチに襲われていただけだよ。」


「ハチ?

 キラービーか?」


 キラービーだって?

 たしか、巨大蜂のモンスターでそんな名前のやつがいると聞いた事はあるが、イザネはそのモンスターの事を言っているのだろうか?


「違いますよイザ姐。

 ハチの巣を発見したのでハチミツを取ろうとしたんです。」


「ハチの巣ってあれか?」


 地面に転がってるハチの巣に手を伸ばそうとするイザネを今度は東風さんが慌てて止める。


「この世界のハチは危険なんですよイザ姐。」


 東風さんは地面に転がる無数のハチを指さす。


「うぇ、なんだこれ?」


 イザネが思わず顔をそむける。

 もしかして虫も苦手なのだろうか?


「キラービーとは比較にならないくらい小さいですが、大群で群がって針で刺してくるんですよ。

 火薬で吹っ飛ばして難を逃れましたが、あれは厄介でしたよ。」


 さっきの爆発はまた忍術というやつかと思っていたのだが、どうやら火薬だったようだ。

 魔術や魔道具の普及により、最近火薬は活躍の場を減らしてはいたが花火や一部鉱山などではまだ使用されている。

 火薬の扱いは難しく自爆の危険性も高いため戦闘には魔術を使う方が一般的なのだが、どういうメリットがあって火薬を用いるのだろうか?


「……だって、獲物がなにも取れてないのに帰ったらかっこ悪いじゃんか。」


「お父さんもお母さんも心配してたんだから。

 ちょっとは反省した方がいいわよゲイルくん。」


「ほっとけよ。

 どんな言い訳したって、どうせ親父に怒られる事になるんだから。」


 気付くとダニーとクリスの話声が足音と共に遠くから近づいてくる。

 子供の声がするということは、ゲイルを見つけたのだろう。


「ゲイルを見つけたのかい?」


「ああ、さっき森をうろついてるところを見つけたんだよ。

 道に迷ったのではなく、獲物が取れるまで帰らないつもりでいたらしいぜ。」


 俺とイザネが言葉を交わしている間に三人が茂みをかき分けて姿を現した。

 ゲイルは狩りに使うのであろう小さめの弓を背中に背負っていた。


「でっけー。

 あんたも召喚者なのかよ?」


 ゲイルが東風さんを見上げて興奮した声を上げる。


「東風といいます。

 よろしくゲイルくん。」


 東風さんが手を差し出すとゲイルはその手に触れて、珍しそうに眺める。


「父ちゃんの2倍はでかい手だぜこの人。」


「おい、ちょっと失礼じゃないかそれは。」


 ダニーは興奮して見境を失いかけているゲイルを叱るが、東風さんはまるで気にしていないようだ。


「構いませんよ、私は。

 ところで、先ほどハチの巣を落としたのですが、なんとかハチミツを取れませんかね?」


 ダニーは周囲に転がる無数のハチの死骸と焦げて傾いた大木をみて、驚きの声を上げる。


「おいあんた何をしたんだ?」


「ハチの巣を取ろうとしてハチに襲われました。」


「いや、そこまではわかるが、どうやってハチを全滅させたんだ?」


「火薬を使いましたが。」


「火薬?

 火薬でハチを狩るなんて聞いた事ないぞ。」


 東風さんとダニーが話している横でゲイルが大きな袋を取り出してハチの巣をその中に入れる。

 狩った獲物を入れるために用意した厚手の袋のようだ。


「なあでかい兄ちゃん。

 このハチの巣は俺が取ったって事にしておいてくれよ。

 遅刻したうえに手ぶらで帰ったら、父ちゃんに殺されちまうよ。」


「殺されるとは穏やかではありませんね。

 私は別に構いませんよ。」


「おいおい、弟を甘やかさないでくれよ。」


「ねぇ、それより早く戻りましょうよ。

 みんな心配してるわ。」


 俺達はクリスの提案に従い、弟の態度に不満げなダニーと、獲物を得て上機嫌なゲイルを連れ、急いで村への帰路につく事にした。



         *      *      *



 リラルルの村の門で待っていたのは直立不動で門番をしているべべ王と、寝っ転がって昼寝をしている段だった。


「リラルルの村へようこそ。」


 べべ王が直立不動のまま、帰ってきた俺達に声をかける。


「なにやってんだよジジイ。」


 俺はべべ王がまたくだらない事をやろうとしているのだろうと感づく。


「NPCの真似じゃよ。

 門番といえば、これがお馴染みのセリフじゃろ?」


「そういえば、村に一人はそんなのいたな。」


「はははは。

 なんだか、懐かしいですね。」


「え?

 そんな人みたこともないんだけど……。」


 イザネと東風さんはべべ王に同意しているようだが、クリスは首を傾げている。

 NPCに会った事がない俺にもさっぱりだ。

 しかしふざけてはいても、ちゃんと門番していただけべべ王はましだ。


「なにサボってんだよ。」


 俺は寝っ転がっている段の脇腹に軽く蹴りを入れる。


「ふああぁ。

 なんだもう帰ってきたのかよ。

 で、新しいモンスターはいたのか?」


 とぼけた事を言いながら段が目を覚まして起き上がる。

 べべ王といい、こいつといいマイペースにも程がある。


「すっげー、爺さん金ぴかじゃんか!」


 後ろからゲイルの興奮した声が上がった。

 振り返るとべべ王の金の鎧をゲイルがペタペタ触っている。


「おとり役は目立ってなんぼじゃからのう。

 染粉で金色にしてあるんじゃよ。」


「いいのかよ爺さん。

 普通は”汚い手で鎧に触れるな”って注意するとこじゃないのか?」


 ダニーが不安そうに声をかける。

 確かに貴族のピカピカの鎧に触れたりしたならば我々庶民は只では済まないのだが、べべ王は事も無げに答える。


「常に敵の攻撃に晒される鎧が、子供の手で触れられる事を恐れてどうするんじゃ?」


「爺さんかっけー!」


 べべ王の言葉にゲイルが益々目を輝かせる。

 この爺さんの頭の中身も子供だし、精神年齢が近い分ゲイルとは波長が合うのかもしれない。


 ふと気づくとイザネが俺の服の袖を引いていた。

 イザネは俺にヒソヒソ声で話しかける。


「なぁ、俺達ってもしかしてとても目立ってるんじゃないか?」


 今更なイザネの質問に俺は呆れて答える。


「当たり前だろ、イザネ以外みんな目立ってるよ。」


「そっか、俺はそこまで目立ってないのか。」


 俺の言葉に安心した様子のイザネだが、最初に出会った時のままの服装であったなら、ある意味一番目立っていた事だろう。



         *      *      *



「わしらは、村の探検に行ってくるとしようかの。」


「村の拠点登録もまだだったしな。」


「我々の歓迎会までまだ時間があるようですし、その間なら問題ないでしょう。」


 ゲイルを村長の家に連れ帰った後、俺達は暇を持て余すところだったのだがべべ王の提案で急遽村を探検する事になった。

 日は沈みかけていたが、暮れるにはまだ早く。

 歓迎の宴の準備もまだ済んではいなかった。


「ちょっと待てよ。

 ”拠点登録”って何をする気なんだよ。」


 俺は慌てて三人の後を追おうとしたが、後ろからイザネに肩を捕まえられた。


「なにやってんだよ?

 おまえは俺との稽古がまだだったろ。

 今からやるぞ。」


 正直なところ、俺は昨日の稽古の筋肉痛がまだ引いてなかったし、大量のマジックポーションをこの村まで背負わされたせいで疲れていたのだが、上機嫌なイザネの顔を見ると断る気になれなかった。

 男としての意地もあったのだろう。

 三人は既に俺とイザネをおいて、村の探検をしに歩きはじめていた。


「わかったよ。」


 俺はそう言うと、魔導弓をカバンから取り出そうとしてある事に気が付いた。


「そういえば、この魔導弓には暗黒龍の素材が使われてるって言ってたけど、その暗黒龍っていうのもお前達で倒したのか?」


「当たり前だろ。

 なんでそんな事を聞くんだよ?」


「龍退治なんて国が数百人規模の討伐隊を組んでやるものだからさ、普通は。」


 実際、俺も英雄が龍を退治する話など物語の中だけだと信じて疑わなかったのだ。

 先ほどまでは……。


「数百人規模なんてできるわけねーだろ。

 ドラゴン・ザ・ドゥームで一度にコンテンツに参加できるプレイヤーは八人までだ。」


「十人以下でドラゴン退治かよ。」


「いや、素材集めなら四人コンテンツの方が早く稼げるからそっちで集めてた。」


「もしかして、べべ王達とやってたの?

 四人で龍退治を?」


「ああ。

 あいつらと組んでやる時は、各自の役割と討伐手順が完璧だったから高速周回できたぜ。」


 龍殺しの英雄の物語に憧れていたし、冒険者としてドラゴンスレイヤーの称号にも憧れがあった。

 本物の龍殺しの英雄に出会えたなら、どんなに感激するだろうと思っていたが、こうも事もなげに言われると呆れるばかりでなにも感じないとは想像もつかなかった。


「さ、無駄話はこれくらいにして稽古をはじめるぞ~!」


「推~忍!」


 こうして俺の龍殺しの英雄との特訓が今日も開始される。



         *      *      *



 歓迎の宴が開催されたのは、俺とイザネとの稽古が終わり、段が俺に課したノルマ”一日百回は魔法を使う”をクリアした後だった。

 段は”一日五百回”にするつもりだったが流石にそれはまけて貰った。


「村長殿、この村の転移ゲートはどこにあるんじゃ?

 先ほど拠点登録をしようと村中を探し回ったが、どこにも見あたらなかったのじゃが?」


 大きな焚火をバックにべべ王が広場の中央に俺達を案内する村長に尋ねる。


「転移ゲートとは?

 そのようなもの聞いた事がないが?」


「この村にワープして移動するためのゲートだよ。

 いつでもこの村に移動できねーと不便じゃねーか。」


 転移の魔法は存在しているが高位の魔法使いでなければ使えない。

 魔道具で転移の魔法の効果のある物が開発されていて、密かに貴族の間で出回っていても不思議ではないが、一般人にそれが当たり前のように流通している訳でもない。

 ブライ村長もそれがあって当たり前であるかのように段に言われても困惑するばかりである。


「いえ、やはりそのような物はこの村にない。

 あなた方のいた世界ではそれがあったのですか?」


「あった、というよりあって当たり前という認識でしたよ。

 各拠点に存在して、そのゲートに登録をしておけばすぐにそこに移動できましたから。」


「しかしゲートがないとすると、移動が結構不便になるな。」


 不安の声を漏らす東風さんとイザネに、村長は俺達を正面の席に座らせながら答える。


「ここにはここのやり方がある。

 最初は不便に感じるかもしれないが、慣れればどおって事はないだろう。

 それは長年ここで暮らしている我々が保証しよう。」


 村長は俺達が席に着いたのを確認すると広場に設置された小さな台に登り、集まった村人に対して話を始める。


「みんなも既に聞いていると思うが、我々の村に新しい住人が五人も増えた!

 異世界よりやって来た、冒険者達!

 そして、ゴータルートの街からこの村への移住を決めてくれた、同じく冒険者のカイル君だ!

 異世界から来た者はこの世界にまだ不慣れであるようだが、このリラルルの村の者は彼等をこの村の住人として!そして仲間として温かく迎えてくれるものと信じておる!」


 村人達から歓声が上がり、俺のすぐ隣でお調子者のべべ王と段も村人と一緒になって口笛を吹きならし大きな歓声を上げている。


 村人達の歓声が静まるのを待って、ブライ村長は自分の家族を台の上に呼び寄せた。


「新しい仲間が村に早く馴染んでもらえるよう、これから村のみんなには新たな住人達に 自己紹介をしてもらう!

 まずは俺からだ!

 俺はブライ!

 今は村長なんて面倒な事もしているが、俺の本職はあくまで農業だ!

 俺の耕した畑と、畑から採れた野菜こそが俺の自慢だ!

 美味くて新鮮な野菜が欲しくなったら、俺のところに来いっ!」


 村人達が拍手を送る中、ブライ村長は傍らの妻を台の前の方に立たせる。


「ブライの妻のマーサよ。

 主人の畑の手伝いと、道具屋をしてるわ。

 雑貨が必要になったらわたしの店にいらしてね。

 冒険者さん達のためにポーションも置いてあるのだけど、あいにく品質のいい物は手に入らないの。

 ごめんなさいね。」


「俺はダニー。

 門番をしている。

 剣の腕には結構自信あるぜ!」


 ダニーの自己紹介を聞いて、イザネが俺にささやく。


「どう考えても、あいつの剣の腕はへっぽこにしか見えないんだが本当は強いのか?」


「そりゃ、イザネに比べたら大抵の奴はへっぽこ剣士だろうよ。」


 俺はイザネとの稽古で筋肉痛になった腕をさすりながら答えた。


「俺はゲイル。

 狩りが得意なんだ!

 今日だって、召喚勇者さん達のために蜂蜜を取ってきたんだぜ!」


 台の上で得意げに弓を構えてみせるゲイルを見て、東風さんが苦笑いを浮かべる。


(あのガキも相当なお調子者だな……)


 俺は、ゴータルートの街にいる弟達の事を思い出していた。


 自己紹介の終わった村長の家族が台を降り、鍛冶屋のゼベックの家族が代わりに台にあがった。


「鍛冶屋のゼベックだ!

 街にいた頃はコロシアムで拳闘の試合に出ていた。

 いいかぁお前等ぁ!この村で騒ぎを起こしたら俺が容赦なくぶん殴るからおとなしくしてろよぉ!」


(もう酔っぱらってるのかよ……)


 顔が真っ赤なゼベックがこちらに向かって拳を振ってみせる。


「拳闘か。

 俺も一度やってみたかったんだよなぁ。」


 段がゼベックの真似をして拳を振るう。

 魔法が強力過ぎて使う機会が限られる段は、いっそ素手で戦った方がいいのかもしれない。


「ゼベックの妻のセリナよ。

 あたしは夫の手伝いをしたり、マーガレットさんのお手伝いとか……そうそうバンカーさんを手伝ってお風呂の掃除したりしてるわね。

 ああもう、話す事考えてなかったらぐちゃぐちゃになっちゃった。

 あたし、こういうの苦手なのよ。

 クリス早く代わって頂戴。」


「ああ、ちょっと待ってよ母さん。

 あたしはクリスです。

 ダニーと一緒に門番を、村の門のとこでしてます。

 よろしく。」


 セリナに押し出されるように台の前に立ったクリスが頭を下げ、ゼベックの一家は台を降りた。


「あたしはマーガレットよ。

 家では沢山鶏を飼っているの。

 あたしは一人暮らしだし、この歳になると鶏の世話も大変でね、時々手伝いにいらしてくれると助かるわ。」


 台に昇った老婆はそれだけ言うとバンカーさんに助けてもらいながらそこから降り、自分の席に静かに戻った。


「俺はバンカー。

 宿の主人だが、今は村の共同浴場の管理も任されている。

 できれば共同浴場を毎日使えるようにしといてやりたいんだが、管理するのが俺一人だから手が回らずにそうもいかない。

 マーガレット婆さんじゃないが、こっちも人手不足なんだ。

 手の空いた時に手伝いに来てくれると助かる。

 以上だ。」


「あたしはララよ。

 バンカーの妻です。

 今は夫が忙しいから、宿は殆どあたしが切り盛りしてるわ。

 もう知ってるとは思うけど、宿の一階でお食事も出せるから利用してね。」


「メルルです。

 よろしくおねがいします。」


 メルルがぺこりと頭を下げて、村人の自己紹介が終わった。

 次は俺達の番だ。


 俺はブライ村長に促されてべべ王達と台に上がる。


「俺はカイルです。

 ギルドに登録したての冒険者ですがよろしくお願いします。

 クラスはマジックアーチャーです。」


 軽く頭を下げて後ろに下がると東風さんが俺に続いて前に出た。


「東風と申します。

 忍者のジョブで同じく冒険者をしております。

 異世界より来た身故、不慣れな事も多いかと思いますがお世話になります。」


 東風さんが頭を下げると、村人の席からヤジが飛ぶ。


「忍者ってなんだーっ!

 聞いた事ないぞーっ!

 なんかやって見せろぉ!!」


(ゼベックの親父か……)


 ヤジのした方を見るとすっかり出来上がったゼベックが大声で叫んでいた。


「はぁ……わかりました、それでは」


チュドォ……ォォッ!


 腕を二振りすると東風さんの頭上に爆発が起こる。


(あれで、ハチを一網打尽にしたのか。)


 火薬を撒いた動作も火をつけた動作もわからなかったが、確かに火薬と思われる臭いが辺りに漂っていた。

 村人達の拍手と驚く声を聴きながら東風さんは頭を下げ、台の後ろの方に下がった。

 次は段の番か……。


「俺は大上=段という密教僧だ!

 仲間からはジョーダンと呼ばれている!

 よろしく頼むぜ!」


「密教僧ってなんだー!

 なんかやってみせろー!」


(またゼベックの親父か!)


 俺はヤジが飛んだ方向を思わず睨む。


(こいつが本気で魔法を使ったらヤバいんだって!

 おとなしくしてろよ!)


 段は広場を見渡し、そこに転がってた岩を指さす。


「あの岩をぶっ壊しても構わないか?」


 おれは慌てて段の袖を引っ張る。


「おい、大丈夫なのかよ!

 周囲を巻き込むような事があったらシャレにならないぞ!」


「大丈夫だ!

 範囲攻撃の魔法でもなければ、周囲に燃えるような物もないんだ。

 岩の周辺を空ければ、巻き込む心配なんてねーよ。」


 その時ブライ村長が立ちあがり段に返事をする。


「あの岩は前から邪魔だったんだ。

 取り除いてくれるならありがたいが。」


「ほらみろ。

 村長の許可も出たんだから、これで問題なしだ。」


 張り切る段に俺は更に食い下がる。


「どうやってあの岩を壊すつもりか知らないが、砕けた岩の破片が飛び散って周囲の人を傷つけるような事はないだろうな!」


「えっ?

 あぁ、そういう事もあるのか?

 そいつは知らなかった……。」


「仕方ないのぅ……」


 俺と段のやり取りを聞いていたべべ王は台の上から飛び降りると村人の中心へと駆けていく。


「ちょっと待っとれ。」


 べべ王は腰に下げた小さな杖をかざし、なにかの記号を描くかのように動かしてからそれを頭上に高々と掲げる。

 気付くとべべ王の周囲は半ドーム状の淡い光に覆われ、その中に全ての村人が収まっていた。


「でかしたジジイ!

 『おん ばざら だらま きりく そわかぁ!』」


 驚き戸惑う村人をよそに段は呪文を唱え、勢いよく振り上げた杖を垂直に降ろす。


ズドオォォォォッ!


 それと同時に岩の上に巨大な雷が降り注ぎ、岩を粉々に砕く。

 飛び散る岩の破片はべべ王の作った光の壁に阻まれパラパラと地面に落ちていく。


 岩の破片が全て地面に落ちるとべべ王は杖を下げて光の壁を収め、何事もなかったかのように台の上へと戻ってきた。

 台の下では村人達が大騒ぎになっていて、それを村長が鎮めている。


「あああああ、あんな呪文つかって、よく怪我人が出ないと思ったな。」


 俺は動揺しながらも無責任な段に食って掛かったが、段はなぜか上機嫌だった。


「いいじゃねぇか、上手くいったんだしよ!

 この世界に来てから初めて全力で魔法を撃ててスッキリしたぜ!」


「あの、今のは……」


 村人を鎮める事に成功した村長が台の上の俺達に問いかける。


「俺が呪文を唱えて岩を壊して。」


「わしが、巻き添えで被害がでないように結界をこさえたのじゃ。」


 さも当然のように段とべべ王は言うが、そんな返答で村長が納得する訳がない。


「今後は村の中では呪文は禁止という事でいいですかな?」


「えぇ~……」


 段は露骨に嫌そうな顔をするが、俺は段を押しのけて村長の前に出る。


「はいそうします!

 そうしますとも!

 ただ、回復魔法は使っても構いませんよね?」


「では攻撃用の魔法は使用禁止という事で。

 それいいですよね皆さん!」


 俺と村長は同時に段の方を見る。


「わかったよ。」


 段は肩をすくめて大人しく引き下がり、べべ王はそんな段を見てクスクスと笑っている。

「では自己紹介の続きをお願いします。」


 村長に言われて次はイザネが台の前の方に立つ。


「俺はイザネ。

 ルルタニアから来た冒険者の戦士だ。

 みんなよろしくな!」


 流石に今度はゼベックも大人しい。

 自己紹介を終えたイザネが俺に小声で話しかける。


「俺はなんかしなくていいのか?」


「むしろ余計な事はするなって言ってるんだよ。」


 ふと気付くとべべ王がもう台の前に進み出ていた。


「わしはべべ王!」


(ああ、またいつものパターンか……)


 今回はイザネに気を取られて引き留める間もなかった。


「お、王?!」


「王様なのあの人?」


 ざわつく村人を前にべべ王はいつものように胸を張る。


『王である!』


 うんざりした顔をする村長とダニーとクリス。

 なぜか目を輝かせて喜ぶゲイルとメルル。

 あっけに取られる他の村人達。

 そしてそれを高らかに笑うべべ王と、一緒に笑う段。


(もう好きにしてくれ……)


 俺はさじを投げていた。

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