第6話 入団
「異世界から来た勇者様?
もしかしてそれがシーズン6のシナリオなのか?
ちょっとぶっ飛び過ぎだろ。」
呑気な段が呆れたように言ったが、東風は既に違和感を感じていたらしくその意見に反対する。
「いえ、これは事実なのかもしれません。
マスターがログインしていないのに我々が動ける事自体がすでに異例の事です。
シーズン5でドラゴン・ザ・ドゥームがサービス終了するという噂もありましたし、シーズン6は予告すらありませんでした。
やはり我々が見知らぬ世界に来たという方が納得できます。」
「いや、それはありえねーって。」
段が尚も食い下がるが、イザネも東風の意見に加勢する。
「だけどさ、あのやたら渋い事で有名なうちの運営が、FFやら障害物への破壊判定なんて大きな追加要素を一度に出す事の方がありえないぜ。
新シーズンが到来したのに使いまわしの混ざった新ガチャの告知すらなしだ。」
「……やはり我々は本当に異世界に来てしまったと考えるべきなのじゃろうなぁ………………………………………………………………………………マジかよ、どうしよう。」
べべ王が頭を抱えて悶えた。
フーッと大きく息を吐いて間をおいてから、気を取り直して段がしゃべり始める。
「でもよ、シーズン5終了以来、暗闇に閉ざされてしまったルルタニアでじっとしているより、異世界だかなんだか知らないがこの世界で冒険の続きができるだけいいのかもな。」
段は一歩、デニムに向かって歩を進めた。
「俺は全く実感が湧いてないんだけどよ、どうやらあんたの言う通り俺達は異世界からここに来たらしい。
だが、あんたの言った事で確実に間違ってる事が一つあるぜ。
俺達は冒険者だ!
勇者様なんかじゃねぇよ。」
「すまない。
勇者以外の者が異界より召喚された話は聞いた事がなかったんだよ。」
デニムが謝る。
たしかに、一介の冒険者が異世界より召喚された例は聞いた事がない。
国の危機、あるいは世界規模の危機の時に異世界より勇者が例外的に呼ばれるのだ。
召喚の儀式には膨大な貢物や、多くの魔術師等が必要とされるため限られた王家や莫大な資産を持つ秘密結社などでなければ、その実行は不可能と言われている。
最も、秘密結社についてはその存在自体が陰謀論とされているのだが。
少なくとも、小さな村の大猿退治のために異界の者を呼ぶなどという話は聞いた事がない。
「ジョーダン(大上段)の言う通り、この世界で冒険者を続けるしかなさそうじゃのう。」
立ち直ったべべ王がデニムに話しかける。
「そうなると、尚更この世界の知識のある者にクランに入って貰いたいのじゃがどうだろうか?
わしらのクランへの加入条件は”他の冒険者に迷惑をかけない事”だけじゃよ。」
デニムは静かに首を横に振る。
「命の恩人からのせっかくの申し出でありがたいのですが、その条件では俺とルルはクランに入れませんよ。
俺達は冒険者仲間に迷惑を掛けているし、それで今でも恨まれてる。
これからだって迷惑をかけない自信はないですから。」
俺は酒場でチコの言っていた事を思い出していた。
『女絡みの揉め事でパーティをバラバラにしちまったんだ』
チコは確かにそう言っていたし、デニムとルルが周囲の冒険者にこれからも迷惑を掛けかねない事は、一緒にパーティを組んだ俺が一番よくわかっていた。
「カイルはどうする?」
不意にデニムが俺に問いかけてきた。
俺はデニムと別れるつもりはないかったが、次のデニムの言葉はそれを認めなかった。
「俺とルルはもう冒険者を引退するつもりだから、俺達の事を気にして選択する必要はない。
済まないな、カイルとの約束はなにも果たせていないのに。」
「なにを言ってるんだデニム!」
俺は思わずそう叫んでいたが、デニムが引退を決意した理由はすぐにわかった。
さっきまで一人で立っていたルルが頼りなくデニムにすがりついていた。
デニムの袖を掴んだルルの手が、小刻みに震えている。
「ごめんね、せめて大猿退治の報告が終わるまでは我慢できると思ってたんだけど……。」
瀕死になるまで傷つく恋人の姿を目の当たりにしたルルは、既にかつてのルルではなくなっていた。
ルルは自らの不安に堪えるため、必死にデニムにしがみついている。
もう既に彼女にとって、この森にいる事自体がトラウマになってしまったのかもしれない。
「俺も大猿と戦って自分の身の程を思い知らされたよ。
今の実力で冒険者を続けたら、ルルにもっと心配をかけてしまいそうでさ……」
「仕方ないですよ。」
俺は静かに首をふった。
この状態でデニムとルルを引き留めるのは余りにも酷だ。
「残念じゃが仕方ないのぉ。
で、カイルさんはわしらのクランに入団する気があるのかな?
もし不安なら仮入団という扱いにして、いつでも退団を許可するようしてもいいのじゃが。」
べべ王が改めて俺に問う。
俺は、デニムと別れて再びゴータルートの街のギルドに戻った時の事を想像していた。
きっとチコがまた俺に絡んで来るだろう。
奴とパーティを組まされて、威張り散らされて、そして報酬をかすめ取られる。
そんな冒険者生活が待っている。
ではべべ王達のクランに入ったのなら、その先には何が待っているだろうか?
この召喚者達は力はあるが常識がなく、何をしでかすかわからない。
また出会ったばかりで性格とて信頼がおけるわけでもないし、何より言ってる事が意味不明だ。
チコと組んだ場合はどんなに最悪でもたかが知れているが、もしべべ王達と組んだらどんなリスクが待っているかも想像がつかないのだ。
チコに頭を下げる羽目になるのは嫌だがリスクがでか過ぎる、やはりこの誘いは断るべきだろうか。
『……おまえにどんな冒険ができるというのだ!?』
ふと俺の頭の中に、冒険者になる直前に親父に言われた言葉が浮かんだ。
『ろくに喧嘩すらした事のない奴が、ちょっとばかり魔法の才能があったからといって冒険者になれるとでも思っているのか!
だいたいおまえにどんな冒険ができるというのだ!?
なにかあればすぐに楽な道に逃れようとするお前がこれまでの人生でどんな挑戦をしてきた!?
俺の跡を継ぎたくないならそれでいい。
俺のやってきた事が気に食わないならそれでもいい。
だがお前に冒険者だけは無理だ!!』
俺の頭の中で、金持ち達に頭を下げひたすら愛想を振りまく親父の姿と、その隣でチコに頭を下げひたすら愛想を振りまく俺の姿がリアルにイメージされていく。
(黙れ!黙れ!黙れぇ!クソ親父!
俺だって、俺だって冒険者になれる!
俺はお前とは違う!絶対に証明してやる!)
俺は心の中で叫び、覚悟を決めた。
「俺はクランSSSRに入りますよ。
仮入団ではなく、正式な入団でお願いします。」
べべ王達からどっと歓声があがり、段が俺の首に腕を絡める。
「やっぱお前は見どころがあると思ってたぜ!」
グイグイと太い腕でおれの首を絞める。
段は力を加減してるつもりなのかもしれないが痛い。かなり痛い。
「やっぱカイルは冒険者に向いてるな。」
デニムから笑顔が漏れる。
「村には俺から伝えておくから、大猿を倒した証を後で持っていくといい。
今回の報酬はカイルへの手向けとしてゴブリン退治の分も含め全て君達に譲るよ。」
デニムはそう言うとルルを支え、壊れた鎧を引きずりながら村の方へ引き上げて行った。
「ルルタニアにも女絡みで問題を起こして引退した奴とか、リアル事情で引退した奴とか いろいろいたけどよ、引退する奴を見送るのは異世界でも少し寂しいもんだな。」
俺の首を絞めていた段の腕が緩む。
「しかし、あ奴等はちょっと大げさに過ぎるんじゃないかの?
怪我なんて宿屋に連れてって泊まれば一瞬で治る程度のものじゃないか。」
(え?は?……えっ?……今なんて?)
俺はべべ王の能天気な言葉に驚愕し、さっきの決断を早速後悔しはじめていた。
「ところで皆さん、さっきからちょっとおかしくないですか?
なんか、妙なダルさを感じるんですよ。
いつの間にか状態異常にでもかかったんでしょうか?」
東風が腹を抑えて不安げに話す。
もしかして変な物でも拾い食いしたのか?
「そういえば俺もそんな感じがする。
知らない間にデバフでもされたのかな?」
続けてイザネが不安げな声を上げる。
「確かにさっきからおかしいが、デバフともちょっと違わないか?
ジジイとカイルは大丈夫なのかよ。」
「そうじゃのう、この感覚はルルタニアでは味わった事がない。
いったいなんじゃろう?」
段とべべ王も同様らしい。
「俺はなんともないですよ。
一体みんなどうしたんで……」
グウゥゥゥ~
その時、東風のお腹から大きな音が響き渡り、召喚者達は驚いて腹を見つめた。
「……腹が減ってるなら飯を食えばいいじゃないですか。」
そういえば、俺もそろそろ腹が空いてきたな……そんな事を考えながら俺はなにげなく言った。
「なぜダメージを受けたわけでもないのに食べ物を使う必要があるんじゃ?」
「この状態異常は”腹が減る”っていうのか?
マジで食べ物で治るの?」
「状態異常を治す食い物ってなんか知らねーぞ?
この世界にはそういう食い物が普通にあるということか?」
「あの、私のお腹から変な音がしたんですが大丈夫でしょうか?」
途端に騒ぎ出す召喚者達。
まさかここまでこの世界の常識が通用しないとは……
「むしろ食べると治療効果のある食べ物の方が珍しいんですよお爺ちゃん。
単なる生理現象です。
食べれば治るから安心して下さいイザネさん。
状態異常を治す食べ物なんて例えあったとしても、この世界でも珍しいですよ段さん。
腹が減るのも、腹が減った時に腹が鳴るのも生理現象ですから安心してください東風さん。」
俺は一気にまくし立てるように答えた。
話が整理しきれず混乱した召喚者達は黙り、東風の腹の音が辺りにひびく。
さっきまでは召喚者達の話に俺がついて行けず混乱していたが、立場が逆になったという訳だ。
ざまぁみろ。
「たしかクラン倉庫に食べ物が余ってた筈だよな。
東風の腹もうるさいし、食えば治るならとっとと治そうぜ。」
「すいません。」
イザネの提案で俺達はクラン拠点に戻る事になった。
さっきから腹の音が止まらない東風は申し訳なさそうにしている。
腹が減ってるせいなのか、さっきとはうって変わって召喚者達はおとなしい。
クラン拠点が見えてくると、その前に放置された大猿の首なし死体も目に入る。
今の内に大猿退治の証拠を確保しておくとしよう。
「ちょっと用事を済ませて来ますから先に行っててください。」
俺はそう告げると大猿の死体に近づき、その指を一本切断する。
本当は鼻とか耳とか顔のパーツが討伐の証としては確実なのだが、頭はイザネが潰してしまったのだから仕方がない。
ふと気づくとイザネが俺を覗き込んでいた。
「お前なに気持ち悪い事してんだ?」
怪訝な顔でイザネが尋ねる。
「大猿退治の証を取ってるんですよ。
証拠もなしに”大猿を退治しました”って言ったって、よほど信用のある冒険者でもなければ信じてくれる訳がないじゃないですか。」
「ルルタニアではモンスターを退治したら何もせずに依頼者に報告するだけで大丈夫だったのに、この世界の冒険者は信用がないんだな。」
この世界での冒険者は金で雇われて冒険によって対処すべきトラブルを解決する者の事だ。
よって、金より命が惜しければ依頼をほっぽり出して逃げ出す者や、危険な依頼であればある程に依頼者を騙して危険な仕事をせずに金だけ貰おうという奴等も少なくない。
だからこそ冒険者ギルド等が信用のある冒険者の身分をランク付けし保証して間違いが起こらないようにしているし、モンスターの一部を持ち帰り依頼者の疑いを晴らすのは冒険者の常識となっている。
確かにイザネの言う通り、この世界での冒険者は信用される職業ではないのかもしれない。
(この大猿の死体が腐り始める前に片づけないとな。
大きな毛皮は取れるかもしれないが、あまり上質な物にはなりそうにないし人喰い猿の肉が美味いとも思えない。
素材を加工してくれる村まで運ぶのも大変だ。)
俺が思案を巡らせているとイザネが話しかけてきた。
「なぁ、こいつドロップアイテムに変わらないのか?」
「そのドロップアイテムってなんです?」
俺は聞き返す。
「え?
普通モンスターを倒したら素材アイテムを落とすだろ。
ドロップアイテムがないなら、どうやってモンスターから素材を取るんだよ?」
「例えば毛皮の素材が必要なら……」
俺は実際にモンスターから素材を取る工程をイザネに見せてやるためナイフを取り出し大猿の皮を少しだけ剥ぎ取り始める。
「うげぇぇ……。
こんな事しなきゃならないなら、俺はもうモンスターの素材いらないかも。」
プッ……
「アハハハハハッ」
俺は思わず吹き出していた。
「なに笑ってんだよ……」
「だってイザネさんが町娘みたいな事を言うから……ククククッ」
いや、町娘だって肉屋が動物の皮を剥ぐところくらい市場で見る機会があるだろう。
こんな事を言いだすのはそれこそ、どこぞの箱入り娘くらいのものだ。
そう考えると、更に笑いがこみ上げてくる。
「なんだよ、感じの悪い奴だなぁ……」
ふて腐れてクラン拠点に入っていくイザネの後を俺は笑いをこらえながらついていった。
クラン拠点の戸を押すと先ほどとは違いあっさりと開ける事ができた。
俺にもこのクランメンバーの一員になったのだという実感がようやく少しだけ湧いてくる。
クラン拠点の入口から建物までの間には広い庭があり、庭の中心の大きな池とその脇の方にある井戸が見える。
正面の大きな建物には水色の下地に金の船のマークの付いた旗がいくつも掲げられているが、あれがクランの旗なのであろうか。
「結構立派だろ。」
先に拠点に入ったイザネが自慢気に言う。
奥の建物に入ってしまったのか庭に他の三人の姿はない。
「なんですかここは。
貴族の別荘と言われたって信用しますよ。」
俺は庭の池で手を洗い大猿の血を落とすと井戸に向かった。
水筒の水も切れ喉が渇いていたのだ。
井戸の鶴瓶を引き上げ、井戸水を手のひらに取り水質を確認する。
(飲めそうだな)
俺は空の水筒に井戸水を満たして喉を潤わせる。
この水、美味いな……冷たい井戸水が俺の身体の隅々まで行きわたり蘇らせてくれる感覚が心地よい。
「今度はなにやってんだ?」
またイザネが俺のことを珍しそうに見ていた。
「水を飲んでるんですけど?」
「状態異常を回復するには食べ物を食べるんじゃなかったのかよ?」
イザネが首をかしげる。
なるほど、食べる習慣がないのなら飲む習慣もなくて当然なのかもしれない。
俺はいい加減説明するのも面倒になったのでイザネに水筒を差し出した。
「飲んでみればわかりますよ。」
イザネは半信半疑の様子で水筒を受け取ったが一口水を飲むと目を見開き、一気に水を喉に流し込んだ。
ゴクゴクと勢いよく喉が鳴る音が聞こえてくる。
やがて満足したのかイザネは水筒から口を離し、乱れた息を整えはじめた。
「ね、水も必要でしょ。」
「ああ、水ってすげぇんだな。」
そう言うなり、イザネは水筒を持ったまま建物の方に走り出していた。
「みんなにも教えてくるぜ!」
(あいつら状態異常とか言っていたけど、空腹ではなく脱水症状を起こしていたのかもな……)
俺は水で濡れた口を拭うと、イザネに続いて建物の戸を開ける。
建物の中は二階まで吹き抜けになっており、二十人以上が一度に使用できる長テーブル左右に一つずつ据えられ、そこに椅子がズラリと並べられていた。
イザネはべべ王の席の隣に立ち、べべ王はイザネから受け取ったであろう俺の水筒をラッパ飲みしている。
東風は形のいい骨付き肉を何皿もテーブルに運び、段は手袋を付けたまま料理に手を伸ばそうとしている……いや、ちょっと待てや!
「食う時は手袋くらい取れよバカッ!」
俺は思わず叫んでいた。
4人が動きを止めて一斉にこっちを見る。
なんとか間に合った。
段は料理に触れる直前で手を止めている。
「今、俺の事を馬鹿っつったか?」
不機嫌そうに段が言う。
(まずい、言い過ぎたか……)
思わず勢いで自分が言ってしまった事に後悔する。
(ぶ……ぶん殴られる?!)
俺は一生懸命にどう言い訳しようか考えたが、なにも思い浮かばずにしどろもどろになっていた。
「え、えっと、ですからね……」
……みっともない……
俺は間違った事は言っていない。
言い方は悪かったかもしれないが正しい事を言ったのだし、言った事は取り消せない。
今更相手の顔色を伺ってなにをどう取り繕おうというのだ!
どうせ殴られるのならば、もういっそのこと……
「……バカなことしてるからバカって言ったんですよ!」
俺は開き直って一気にまくし立てる。
「なんで手袋つけたままなんです?
食事をする時に汚いとか思わないんですか?
普通手を洗いますよね?
だいたい食事する時は帽子を脱ぐのがマナーってもんでしょうが!」
「そうなのか?
マナー違反は確かにまずいな。」
段は素直に目深に被ったでかい帽子を脱いで手を洗いに庭に向かい、俺は心の中で胸をなでおろした。
(ハゲ?いや違うな眉まで剃ってる。)
帽子の中から現れたのは色黒で存外に精悍な顔であった。
歳は30過ぎであろうか。
頭髪から眉まできれいに剃り上げていた。
「マナー違反が酷すぎれば、ネットに晒され悪評を立てられてしまうと聞いた事がある。
わしらもこの機に間違いが起きぬよう、この世界のマナーを学んでおくとしよう。」
べべ王達も段の後に続く。
「お前は手を洗わなくていいのか?」
一足先に手を洗って戻って来た段が俺の前に歩いて来た。
「俺はさっきそこの池で洗いましたから。」
「俺は井戸の水を使ったんだが、池の方がいいのか?」
「どっちでもいいんですよ清潔な水なら。
要は食事の前に手の汚れを落とせればいいんです。」
俺は段の前に手を開いてみせて、汚れがついていない事をアピールした。
「そういうものなのか、ルルタニアに居た頃は気にした事もなかったぜ。
食い物もポーションと同じように戦闘中に使うアイテムだったからな。」
「その”ルルタニア”っていうのはなんですか?」
「俺達の故郷さ。
俺達は皆そこでマスター達によって作られた冒険者なんだぜ。」
作られた?
俺には段の言う事が理解できなかった。
「あの、ところで段さん。
さっきバカって言った事は謝ります。
言いすぎました。
すいません。」
「俺達相手にそんな細かい事をイチイチ気にしているのなら……」
段は俺の謝罪をかわすかのように笑ってみせた。
「……お前の方がバカだぜ。」
* * *
「はじめてくれ」
全員が手を洗い終え席につくと、べべ王が俺にこの世界での食事のマナーについての説明を求める。
「まず最初に神に対して祈りを捧げ、食事への感謝をします。
これは急いでいる時などは省略する事がありますし、今回は……」
グギュルルルルゥゥ~~ッ!
東風の腹がひときわ大きな唸りを上げる。
「……東風さんが限界っぽいので、省略します。
通常、肉料理を食べる場合はナイフやフォークなどの食器を使用するのですが、このクランには置いてないようですし、幸いこの形状の肉でしたら骨の部分を掴めばきれいに食べる事ができますので、素手で食べます。
では……」
俺は手を伸ばし、皿の上の肉から飛び出た骨を掴むと4人も俺の真似して骨を同時に掴む。
俺はゆっくりと肉を口元に運んだ。
残念ながら肉は冷めているようだが、肉に振りかけられた香辛料のいい匂いが鼻孔をくすぐる。
今まで嗅いだことのない複雑な香辛料の臭いが一気に俺の食欲を加速させる。
俺は思い切り肉に噛り付いていた。
(うまい!)
これ程までに香辛料を使った料理は初めてだったが、その香辛料が下手に自己主張せずに肉のうまみだけを引き立てている。
これ程の料理は貴族の邸宅にでも行かなければ味わえる物ではないだろう。
肉は鳥のもも肉のようであったが、とても柔らかくて食べやすかった。
「すごく美味しいですね。
これ誰が作ったんですか?」
皆の方を見た俺は、料理の美味さも忘れ唖然とした。
机の上に片足を乗せ、一口食う度に雄たけびを上げるべべ王。
一口食う度に身を震わせ身もだえしているイザネ。
狂ったように肉に食らいつき、骨をしゃぶる東風。
そして……
「おい!
なんだよこれ!
一口食う度に口の中がとんでもないんだが!
ルルタニアで食った時には何も感じなかったのに、この世界ではなんで一口食う度にこんなに口の中が幸せになるんだよ!」
……口に物を含みながら大興奮で話しかけてくる段。
「食うのかしゃべるのかどっちかにしろ!
そういうのがマナー違反なんだよバカッ!!」
俺は容赦なく唾を飛ばして来る段に怒鳴り返していた。
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