第4話 クランSSSR
「まずはこれを。」
村の会議の席に着いたデニムはブライ村長にゴブリンの鼻を詰めた袋を差し出す。
ブライ村長は袋の中身を確認し報酬の入った袋を渡そうとするが、デニムがそれを制止する。
「少し相談させてください。」
デニムは俺とルルに視線を向ける。
「ここで報酬を受け取って少しでも緊張の糸を緩めたくない。
報酬は全てが終わってから受け取るという事でどうだろうか?」
「もぅ、いいわよデニムがそういうなら……」
俺はすぐにうなずいたが、ルルは差し出された報酬に少々未練があるようだ。
「という訳ですので、報酬は後でまとめてという事にしましょう。」
「大猿退治の報酬を十分に出せるほど今の村に余裕はないが、いいのか?」
村長の問いにデニムが落ち着いて答える。
「お互い報酬の事は後で考えましょう。
今は目の前の問題に集中すべきです。」
「そうだな……」
村長はテーブルを囲む村民を見渡して再び話始める。
「まずは目撃情報が欲しい。
なにが起こっているのか皆の見た事を報告してくれ。」
だが村人達の証言を集めても、大猿の活動時間が夕方から夜である事以外に特に新たな情報はなかった。
森が光った事、その光の正体は不明である事、光った場所が大猿の縄張りのすぐ近くであった事。
全てが俺達が目撃したのと同じ情報だったし、光の正体を知る手がかりはまるでなかった。
そして最悪だったのが、何もわからないという状態が村人達のパニックを招いてしまった事だ。
恐怖に駆られ村から逃げ出す算段を持ちかける者、状況もわからぬまま俺達に大猿退治を依頼しようとする者、森の調査を依頼する者。
村人達の意見は分かれ感情的になった者達がお互いに牽制し、互いを退けようとする。
ブライ村長は村人の暴走を抑えるのがやっとだし、デニムも村長に協力してなだめる役に徹している。
ルルは明らかに退屈している様子だ。
こういう会議は苦手なのだろう。
完全に議論が停滞してしまっている、この状況を幾ら続けても時間の無駄ではないか。
俺は手を上げて村長に発言をする機会を与えてくれるよう願った。
俺が静かに手を挙げたのを確認した村長はエキサイトしてる村人達をなだめ、場を静かにした後、俺に発言を求めた。
「意見を述べてくれカイルさん。」
「状況を整理させてください。
森の光の正体は不明で、その光の影響により大猿がどんな行動をするかが不明。
つまり、まずは誰かが森に行って状況を確認しなければなりません。
次に考えるべきは、確認した結果大猿が危険な状態になっていた場合に大猿を退治可能なのかという事。
村逃げるべきなのかというのは、その後に考えるべき事だと思います。」
「ならば、いつ誰が森に行って状況を確認する?
少なくとも大猿の行動が活発になる夕方前に結論を出して貰わねば、今夜中にでも大猿に村が襲われる。」
宿屋のバンカーさんが質問するとデニムが俺に目で合図し、それに回答する。
「誰が森に行くかというのなら、俺達が行くしかないでしょう。
ただ、それは明日以降でないと無理です。
ゴブリン退治で俺達は消耗してますしカイルの魔力も残り少ない。
この状態で森に入って大猿にでくわしても俺達はなにもできません。」
それを聞いて、ざわつき出す村人達。
だが、再びパニックが発生する前に村長が口を開く。
「では、君等が休息して万全の体制を整えるまでの間に村に大猿が来たらどうすればいい?
なにかいいアイデアはあるかね?」
「罠を仕掛けるっていうのはどうかしら?
みんなで大きな落とし穴を掘るの。」
ルルが急に立ち上がって発言する。
「今からなら、大猿が活動時間に入る夕方までに完成させる事ができる筈よ。」
再び村人達がざわつき出す。
罠を作ったとしてそれに大猿がうまく掛かるのか?そもそも罠のある地点に確実に大猿を誘導できるのか?村人達はルルのプランを信用できない様子だ。
「あたしのとこで飼ってる鶏を大猿をおびき出す囮にしたらどうかね。
三羽くらいいれば、なんとかなりそうかいルルちゃん?」
村人の不安を打ち消すように一人の老婆が提案する。
「ありがとう、マーガレットさん。
それで十分よ。
あと、人間の臭いが付いていると罠に掛ける事は難しいから臭いを消す必要があるわ。
そのために必要な植物があるんだけど、今から言う物を用意できるかしら?」
ルルは村人の不安をその知識をもって一つずつ解消していった。
* * *
村の会議が終わると俺とデニムは宿で仮眠をとり、ルルは落とし穴製作の指揮を執る事になった。
落とし穴の製作にはレンジャーとしての経験豊かなルルが不可欠だったし、大猿と戦うにはルルの武器は不向きだった。
大猿の相手はデニムの剣と、それを援護する俺の魔法が頼りであるため、活動時間の夕刻まで仮眠を取り魔力と疲労を回復して大猿の万が一の襲来に備える。
宿に着き、早めの昼食をとった俺とデニムは仮眠のため昨晩と同じ客室に入る。
鎧のままベットに横たわったデニムが話しかけてきた。
「なぁ、アタックアローってのはどのくらいの効果が期待できる?」
俺は少し考えて答えた。
「あれは筋肉の運動を助ける魔法です。
力の使い方がうまい人ほど効果が増すので一概には言えませんが、今の俺の実力だとせいぜい2割増しくらいかな。」
「スピードが上がるっていうのも筋肉がよく動くようになるから?」
「ですね。
でもデニムの腕前なら、アタックアローの効果は最大限に活かせますよ。」
「だといいな。
実を言うと、今の装備でもカイルの魔法なしで大猿に勝てる自信がないんだ。
頼りにしている。」
デニムはそう言うと目を閉じた。
魔力を消費し過ぎたせいなのか、まだ日が高いのに横になると俺もすぐに眠りに着くことができた。
* * *
「大猿だ!大猿の化け物が来たぞぉぉ!
起きてくれーーっ!」
宿屋のバンカーの大声で俺は飛び起きた
デニムが大急ぎで宿の部屋の戸を開け放つのが見える。
「先に行くぞ!
すぐ追い付いてくれ!」
急いでベットから飛び降りて駆け出すデニムを追う。
まだ日は高い。
夜行性の大猿が昼間に行動するとなると、森での異変は俺達の想像を超えた物だったに違いない。
一般的に魔力の完全回復には最低四時間以上の睡眠が必要とされるが、日の高さからみて三時間も寝れてはいまい。
寝る事が出来たのは一時間か、二時間か……寝る前よりはかなりマシではあるが魔力が充実している感覚はない。
いや、それよりも未完成の落とし穴が襲われたのなら、落とし穴を制作していた村人から犠牲者が出ていても不思議ではない。
あれこれ考えを巡らすうちに俺はデニムに追い付いていた。
思ったより早く追いつけたのは、デニムの新しい鎧が以前の物より重いのが原因だろうか?
「どうやら、犠牲者は出ていないようだな……」
デニムが呟く。
前方を見るとダニーがにこやかに手を振っているのが見えた。
「凄かったっすよデニムさん。
堀りかけの落とし穴に大猿が落っこちたんで、みんなでボコボコにしてやったんですよ。
落とし穴が未完成で浅かったから、すぐ逃げられたんですけどね。
もうこれに懲りて村へは来ないっしょ。」
能天気に興奮するダニーと違い、駆け寄って来たルルは表情が重い。
「まずい事になったわ……」
ルルの話によると、大猿に追いかけられたイノシシが作りかけの落とし穴にはまり、それを追って落とし穴に飛び込んだ大猿に村人達が農具や石を投げつけたり、狩猟用の弓で矢を射かけたのだそうだ。
ただ、落とし穴は未完成であり深さが足らなかったためあっという間に逃げられてしまったので手傷は追わせたものの致命傷を与えるまでには至っていない。
つまり、今の大猿は活動時間も縄張りの範囲も通用せず、手負いで興奮状態にあるため狂暴化しており、落とし穴の罠は既に警戒しているのでもう通用せず、獲物であるイノシシを落とし穴の中に残して行った事から今なお空腹である可能性が高い。
もし、夕刻を過ぎ活動時間に突入した大猿が怒り狂って村に戻って来るような事があれば最悪の事態を覚悟せねばならないし、夜目が効く大猿が有利になるため勝ち目も薄い。
大猿を仕留めるのなら、まだ村人達のつけた傷が塞がらぬ今の内に追撃をかけて殺すしかない。
「こちらも万全の体制とはいかないが、仕方ないか……」
落とし穴から点々と森に続く大猿の血の跡と、足を引きずったような跡が地面についている事からも今なら十分に勝ち目があるように見える。
「そんなにやばいのかよ!」
ルルの話を聞いて村人達に知らせようとするダニーを俺とデニムが慌てて羽交い絞めにする。
「状況は今から俺が村長に報告するからお前は黙っててくれ。
下手に騒ぐとパニックになるぞ。」
「わ、わかったよデニム。」
ダニーを離したデニムは速足で村長の元に向かい、俺とルルがそれに続く。
「それにしても、よくそんな状況で怪我人がでませんでしたね。
穴を掘ってる最中だったんでしょう。」
俺はルルさんに尋ねた。
「遠くからイノシシがこっちに走って来るのが見えた時点で嫌な予感がしたから皆を避難させといたのよ。
一歩間違ってたら大変な事になっていたわ。」
村長へ説明を終えたデニムが戻って来た。
「今から俺達は森に入り大猿を追い詰めて仕留める。
ただし、暗くなってからでは勝ち目がないから日が陰って来たら諦めるしかない。
もし、時間までに大猿を殺せなかった場合は……」
デニムは一瞬言葉を詰まらせた。
「……村を棄てて逃げる事を提案してきたよ。」
「きっと大丈夫よ。
今までだってこんな事いくらでもあったじゃない。
カイルもそう思うでしょ。」
俺は正直なところ不安で一杯だったが、ルルに胸を張って答えた。
「必ずやり遂げましょう!
俺達で!」
デニムは笑顔で握りこぶしを作り、俺も拳を握ってデニムの拳に合わせる。
「さ、大猿狩りに出発よ。」
ルルを先頭に俺達は森へ入っていった。
* * *
「もう、なんなのよこの森は!」
ルルがまた悲鳴をあげる。
大猿の縄張り周辺の森は、ハッキリ言って滅茶苦茶になっていた。
生えている木や植物にこの辺の地方では見かけないような物が混ざり、地形も荒々しい凸凹とした岩地のような起伏があるかと思えば、草が深く生い茂る湿地のような地形も見かけられる。
まるで、異なる二つ以上の地形が出鱈目に混ざったような、そんな場所になっていた。
「なんでこんな森の中に、山地のような崖があるんだ……」
俺は目の前に現れた土壁に手をついて呟いた。
「ねぇ、気づいてる?
この辺の土もおかしいわよ。
明らかに森の中の土質じゃないわ……どうやったらこんな事に。」
ルルさんの言葉には疲れがにじみ出ていた。
俺とデニムと違ってルルは早朝から動き詰めで休憩をとっていない。
そういえば、デニムの口数がさっきから少なくなり過ぎのような……。
「大丈夫ですか!」
デニムの方を振り返った俺は自分のうかつさを呪った。
「すまない、ペース配分を間違えたようだ。」
肩で息をしてデニムが答える。
デニムは慣れない重い鎧でこの滅茶苦茶な地形を大急ぎで進んできたのだ、負担は相当な物だったろう。
なぜ俺は気が付かなかったのだ、こんな当たり前の事に。
「少し休みましょうデニム。
そんな状態じゃ大猿に追い付いても何もできないわ。」
ルルがデニムに寄り添い、やさしく座らせる。
「すいません、俺ももっと早くに気づくべきでした……」
「カイルが気にする必要はないさ。
ゼベックさんに注意されてたのに迂闊だったのは俺の方だし、今は反省する暇があるなら現状をどうするかをむしろ考えないとな。」
「ねぇ、ガードアローの魔法には疲労回復の効果はないの?」
ルルの質問に俺は首を振る。
「あの魔法はダメージの蓄積と疲労の蓄積を抑える魔法なんです。
疲労を回復する効果はありません。」
「そうか。
なら、ここで暫く休んでいくしかないか……」
デニムの言う通り、疲れを取るのならば少し休むしか方法はないだろう。
とはいえ、大猿に追い付くには先を急がねばならないし、再び追いかけるにしても平坦な地形ならばともかく、こんな出鱈目な地形を進むにはデニムの重い鎧は向いていない。
またすぐに疲れて動けなくなってしまうだろう。
(デニムを連れたままこれ以上移動するのが難しいのならば、誰かが先行して大猿の潜伏場所を突き止めて最短距離を案内して貰うしかない。
探索には俺が行くよりレンジャーとして優れているルルに先行して貰った方がいいだろう。
ルルならば大猿に出会っても一人で逃げおおせる事ができるし、万が一重い鎧で逃げるのが難しいデニムの方に大猿が来たとしても俺が魔法で補助すれば勝てる筈だ。)
考えをまとめて振り返ると、ルルがデニムに抱き着いていた。
こんな時にバカップルモード発動かよ……
「カイル、悪いが先行して大猿の場所を突き止められないか?」
デニムの一言に俺はうろたえた。
「え?……
でも俺はレンジャーは研修を受けただけで……。
ルルの方が良くないですか?」
「ごめんねカイル。
朝から動きっぱなしで休んでないから、あたしもう疲れちゃって少し休みたいの。」
ルルの言う事は確かにそうだし、疲れているのもよく分かる。
しかし俺はその言葉の裏にルルの本音を隠すための誤魔化しが混ざっているとしか思えなかった。
いくら疲労が少ないとはいえ、レンジャー初心者の俺とルルとでは探索の精度にも探索に掛かる時間にも雲泥の差があるのだ。
恐らくは、疲れて動けないデニムが心配なので彼の傍を離れたくないのだろう。
その気持ちはわかる。
だが、この状況でその気持ちを優先するのは命取りになるのではないだろうか。
俺が提案に従うべきか思案している事に気が付いたのだろう、デニムがもう一押しをかけてくる。
「頼むよカイル。」
「……正直、自信はないけどやってみるよ。」
結局デニムもこの土壇場でルルの気持ちの方を優先させた。
もしかすると疲労が彼の思考を迷わせた結果なのかもしれない。
俺は一人で大猿の追跡を再開した。
恐らくは近くに潜んでいるであろう大猿の影に怯えながら、どんどん薄くなっていく血の跡を追って奇妙な森を進み続けた。
* * *
(くそっ!
いったいここはどこなんだっ!)
俺は心の中で叫んでいた。
大猿の血の跡は既にに見失い、帰り道さえハッキリとはわからなくなってきていた。
光があまり差し込まない森の中ではあるが、葉の隙間から見える日差しは既に弱まり始めている。
見知った植物の姿は既に周辺になく、どこの地方の物だがもわからぬ木々の中に俺はいた。
(タイムリミットも近いし、もうそろそろ戻った方がいいのだろうか?)
そう考え始めていた俺の目に奇妙な建物の姿が写った。
遠くてまだ全容はわからないが、木々の間から明らかに人が作った壁と、その壁の向こうにある尖った屋根が見える。
(こんな森の中になんでこんな建物があるんだ?)
とはいえ建物があるという事は、そこに住んでいる者がいるという事だ。
もしかするとその人物に助けを求められるかもしれない。
あるいは森が光った原因がこの建物にある可能性も考えられるが、それも実際に行って調べてみなくてはわからぬ事だ。
(とにかくあの建物を調査しなくては……)
俺は周囲を警戒しながら謎の建物を目指す。
発見した地点から建物までは平坦で特に障害物もなく容易に進む事ができた。
いやそれどころか、ところどころ道の跡のような物まであり、まるで建物に誘導されているようですらあった。
近づいてみると建物の壁の大きさが自分の想像より大きかった事に気づく。
壁の高さだけでも五メートル以上はあるだろうか。
門にはプレートが掛かっていて、何か書いてあるのだが文字を読む事ができなかった。
この辺の国では見かけない文字だ、いったいどこの文字なのであろうか。
(鍵は開いててくれよ……)
中に人がいるか声を掛けて確認をしたいところだが、近くに大猿が潜んでいるこの状況でそれはできない。
俺は門の戸を押そうとした。
(結界?)
俺は門の戸を押すどころか、門に触れる事すらできなかった。
見えない壁のような物が俺の手を押し返して門に触れる事を拒絶していた。
ポタリ……
俺のすぐ傍になにか大粒の液体が落ちる。
驚いて見上げるとそこには大木によじ登った大猿の姿があった。
大猿は木をつたって壁の上を乗り越えようとしているのだが、先ほどの俺と同様に見えない壁に押し戻されて侵入を拒まれていた。
(まずいぞ!ここにいたら見つかってしまう。)
俺は音を立てぬように建物から後ずさったが、既に遅かった。
大猿は数回鼻をヒクヒク動かしてからこちらに顔をむける。
その顔には、つい先ほど付けられたのであろう大きな刀傷があった。
グガアァァァッ!
俺が逃げようとするより早く大猿は飛びかかっていた。
(ッ間に合わない!)
一瞬の出来事で身体はまるで反応できないのに頭の中だけはなぜかよく動いて、今までの人生で経験した事が高速で思い出される。
気が付いた時には大猿の顔は目前まで迫っていて、俺は死を覚悟した。
パンッ!
だがその牙が俺に触れる直前に大猿の横から飛び出した何かが交差し、乾いた音と共に大猿の頭が突然消し飛ぶ。
ズドッ……ォ
バランスを崩した大猿の身体は鈍い音をたてて地面と衝突して血があたりに飛散した。
地面に転がる大猿の死体は四メートルにも達するサイズだった。
「うわっ、血のりの表現がエグくなってる。
それに新モンスターだと思って気合入れてたのに、たった一撃で終わりか~。」
(半裸の女?
こいつがあの大猿の化け物を倒したのか?)
へたり込み、周囲を見渡すと半裸の女性が血まみれのメイスを片手に何かを呟いていた。
頭に赤い鉢巻を巻いて、肩から首にかけて大きな羽の飾りを付け、茶色いブーツと手袋をしている。
だが、身に着けている着衣は大きなベルトに下着ほどの面積しかない赤いパンツと胸に巻かれた布だけだった。
露わな筋肉質の引き締まった体からも、先ほどの大猿への桁外れの一撃からも歴戦の冒険者であるようなのだが、とても冒険に出かけるような恰好とは思えない。
戦士とは思えない程に背が低く、そして俺と同じくらいの年齢に見える。
なにわともあれ、まずは礼を言うべきだったのだろうが俺の脳はあまりの出来事に混乱するばかりという有様で、座り込んだまま動けずにいた。
「〇□×@$△¥◇&%#」
突然後ろから声がしたので振り返ると三メートル近い大男が立っていた。
気配がまるで感じられなかったがいつの間に近づいたのであろうか。
黒と濃い緑の服を身に着け頭には覆面を被っている。
だが目を引くのはむしろその男の体系で、かなりの肥満体であるにも関わらず筋肉質の異様に太い腕は服の上からでも確認できる。
まるで、でかいオークのような体形の男だ。
腰からは包丁のようにすら見える太いナイフを二本下げている。
「おい東風。
また翻訳用のアクセサリを装備し忘れてるぜ。」
東風と呼ばれた男は、慌てて覆面の脱ぎ捨て懐から出した耳飾りのような物を付ける。
太い唇にギョロリとした目、ゲジゲジ眉毛で髪を後ろ頭で結わえている。
愛嬌のある顔だが、特徴的過ぎて美男子とは程遠い。
「すいません忘れてました。
しかし、前から思ってたんですが新大陸に最初に行った時はこのアイテムを付けないとNPCと会話できないってシステムはどうなんでしょう?
余計な手間を増やすだけだと思うんですが……」
「だよなー、そういう小さな不親切の積み重ねがユーザーを減らすっていうし。
こんなだから”運営はわかってない”って言われるのかもな。
まー、少しの間だけ我慢して付けてるだけで言葉を覚えられるからすぐに外せるし、慣れればどうって事ないんだけどね。」
二人の言葉は理解できる。
先ほどと違って、東風が何を言っているのかも理解できる。
だが、この二人が何について会話しているのかがまるでわからない。
「さ、先ほどは助けて頂いておりがとうございます。
あの、あなた達は何者なんですか?」
俺は思い切って二人に声をかける。
「なんだ、NPCじゃなかったのか。
俺達はここのクランのメンバーだよ。」
女がそっけなく答える。
「イザ姐、この人はたぶん初心者ですよ。
先ほど私の会話に反応しなかったのは、言葉がわからなかったのではなくチャット機能に不慣れだったのですね。」
東風がこちらを向く。
「NPCと勘違いしてすいませんでした。
なにしろ、頭上のネームタグも表示できませんしステータス画面もなぜか開かないものですからプロフィールも確認できなかったんですよ。」
失礼を詫びている事以外なに一つ理解できない。
「明らかに不具合だよな。
そもそもマスター達がログインしてないのに俺達が自由に動けるのがおかしいんだ。
この分だとすぐにメンテに入るぜ。
こいつも、いつまで経ってもドロップアイテムに変わらないしよ。」
女が大猿の死体を軽く蹴り上げる。
「まぁまぁ、シーズン5でサービス終了って噂もあったんですし、シーズン6が来ただけ でもありがたいと思わないと……。」
東風はなだめるようにイザ姐に答えてから、あっけに取られていた俺に見下ろすように視線を向ける。
「ところで我々のクラン拠点の前にいたという事は、もしかしてあなたはクランへの入団希望者なのですか?」
会話には全くついて行けなかったが、とりあえずこの建物の正体は突き止めておかなければならない。
「クラン拠点?
この建物は”クラン拠点”というのですか?」
俺の精一杯の問いにキョトンとした表情で東風が答える。
「もしかしてクランについてのチュートリアルをスキップしてしまったのですか?
ここは我々”クランSSSR”のクラン拠点ですよ。」
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