第219話 扉の封印

 メルディン王国のとある僻地。そこは数少ない者しか入ることが許されていない場所である。一見、ただの洞窟のように見えるが、その奥には光り輝く一枚の扉があった。そここそがドラゴンたちの楽園、ドリューゲンへの入り口の一つであり、太古の昔に人間とドラゴンの手によって不可侵の契約が結ばれ、扉を封じたのだ。


 そんなところに一人の白髪で髪の長い男が訪れる。メルディン王国の騎士団長であるハル・ゼオグラードであった。闘神祭の際に傲慢の魔王の子ガインによって受けた怪我で暫し休養を取っていたのが今日ようやく騎士としての仕事を始めたところであった。


 国王から言われた使命、それはドリューゲンへ通ずる道の異変調査である。最近、扉の向こう側から無数の雄たけびや力の波動を感じると監視員の報告があり、こうして団長直々に訪れたのである。


「メルディン王国騎士団、団長のハル・ゼオグラードです」


「確かに。それではこちらへ」


 身分証となる国王から授かった紋章を見せると監視員は速やかに案内してくれる。ドリューゲンの扉の監視員は選ばれた家系の者しか引き継ぐことはできない。そしてその家系の出自も秘匿されているため、監視員たちは皆、妙な仮面をつけている。


 そのことを事前に国王から聞いていたハルはそのことには触れずに監視員の案内に従う。そうして件の扉の前へと到着する。


「これはまた、不気味な扉ですな」


 右側には人間の国王の絵が、左側には龍の姿が描かれた二枚扉。その上には宝玉を持った龍の上半身の彫刻のような物がのぞき込んでいる。ドラゴンの姿を一切見たことのないハルはその彫刻をもってして不気味な扉と表現したのだ。


 ワイバーンのようでワイバーンではない。それが人間並みの知能を持っているということはハルには考えられない事であった。


 ちょうどその時、ふと扉の向こう側からウォォォと微かにうめき声のような物が聞こえてくる。


「これが異変ですか?」


「左様でございます」


「いつから?」


「そうですね、ちょうど半月前程からでしょうか? ハル様には少しの間、ここが魔神教団などの不審な者に襲われないよう防衛してもらいたいのです」


「承知しました」


 一度、魔神教団の幹部に完全敗北を喫したハルはこの防衛任務に珍しく気合が入っていた。自分一人に重要任務を任されたという国王からの期待もあるが、それ以上に以前負けた汚名を返上したいという思いがハルの中にはあったのだ。


「それにしてもこの光が太古の昔から消えていないというのは感慨深いものがあるな」


 魔神の侵攻の際にも龍はこの中に籠もりあくまでも不可侵を保っていた。実に千数百年という年月の間この光は絶えることなくこの扉を照らし続けてきたのだ。


 そうしてハルは案内をされるがままに扉の近くにあった小屋の中に入る。


「まずは今回は来ていただき感謝する。ハル・ゼオグラード殿」


「王のご命令とあれば何なりと尽くす所存ですから」


「それは良きことですな。それでハル殿にはこの扉へと通ずる洞穴の中腹辺りを護衛してもらいたいのですがよろしいですかな?」


「もちろんです」


 最終防衛ラインというよりかは隠し助っ人のような立ち位置。万が一扉の封印に何かあってしまえば、龍と魔神教団の両方が人類の敵に回ることを考えれば扉にたどり着く前に敵を排除しておきたいのである。そして、扉の向こう側から何か干渉があっても中腹付近であればすぐに駆け付けることができる。まさにベストポジションであった。


「ではこれからここでの説明をいたします。まず……」


 そう言ってハルをここまで案内してくれた仮面の人が説明をしようとしたその瞬間、突然地面が大きく揺れる。かと思えば小屋のドアがバタンッと勢いよく開く。


「大変です! 扉の光が消えました!」


「何ですって!?」


 扉の光はそのまま封印の力を表す。それが消えたという事はそれすなわち封印の力が消失したことを意味する。


「ハル殿! 一緒に来ていただけますか?」


「はい!」


 ハルからすれば来て早々、勝手の分からないまま任務が始まることとなる。しかし、そんな試練は数多くこなしてきたからこその団長という地位である。


 ハルが扉の前へと到着した時にはすでに数人の警備の者が集まってきていた。扉の方を見ると確かに先程まであふれていた光の一切が消えてただの石扉へと変貌しているのが分かる。


 やがてドガンッ、ドガンッと扉を打ち付けるような音が聞こえ、重厚な扉がこちら側に向かって徐々に開きはじめる。


「これはいかん! 獅子白焔ししはくえん!」


 獅子がごとき白焔を纏い、その開きかかった扉へと突撃する。その一撃は流石は王国一の騎士、人間の力では動かせるはずもない重厚な扉を数ミリほど押し返す。


「ハアアアアアッ!!!!!」


 雄たけびを上げながら徐々にその威力を増していき、じりじりと扉が閉まっていく。それを見た者は皆、こう思ったことだろう。ああ、これで一件落着だと。しかし、現実はそんなに甘くはなかった。


 扉の向こう側からかかる力が急激に増加し、ハルの白い焔ごと弾き飛ばされたのである。それはあまりにも一瞬の出来事で吹き飛ばされたハル自身も驚きを隠せなかった。


 抑えを失った扉は押し出される力のまま勢いよく開く。そしてその場にいた者は皆、暗闇の中からのぞき見える化け物の指先のような物が扉をこじ開けているさまを見て背筋を凍らせる。


 吹き飛ばされたハルはすぐさま自身の持つコミュニティカードを取り出し、焦った口調で報告をする。


「こちらハル・ゼオグラード! 国王陛下! 大変です! ドラゴンが現れました!」

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