第218話 若き龍王

 広い荒野の中、一人の男と一体の巨大な赤いドラゴンが上空で向かい合って浮かんでいる。そのドラゴンは大きさといい内包している力の激しさといい明らかに周囲に居るドラゴンとは纏う雰囲気が違う。一人の男、魔王サタンはとあることを確信して笑みをこぼしながら深く頷くのであった。


「五大龍王の一柱がとうとう出てきたか」


『何やら魔の者が我の同胞達を殺しまわっていると聞いたからな。魔王サタンとやら。貴様は魔神とやらと同じ系統か?』


「ほう、魔神様を心得ているのか。中々に殊勝な心構えではないか」


『やはり同じ系統か。ならば確実に消滅させておこう』


 龍王の中で炎を司るドラゴンである赤王せきおうはそう呟くと、間髪入れずに口から燃え盛る炎のブレスを吐き出す。その熱は一瞬にして大地が枯れあがるほどの温度を保ったままサタンへと降り注いでいく。


「ふんっ、いきなりだな。悪食グラトニー


 炎のブレスに対抗して前方にすべてを食らいつくす黒い渦を作り出す。そして通常種のドラゴンの時と同様、ブレスを食らいつくすかに思えたその時、サタンは自身の体の異変に気が付き、咄嗟にその黒い渦を解消し、ブレスを回避する。


 サタンに避けられた炎のブレスはそのまま大地へと突っ込み、凄まじいまでの爆発音を鳴らしながら大地を炎上させる。


「強大すぎて今の俺ではまだすべてを吸収することはできないか」


『よく分からぬ能力を使いおって』


 赤王は恨めし気にそう呟くとその大いなる翼を一気にはばたかせる。その羽ばたきだけで生まれた旋風はやがて無数の巨大な竜巻を引き起こし、サタンに向かって迫りくる。


「流石は龍王。もはや存在自体が天変地異だな。ただこの程度の力であれば喰らえる」


 再度空を舞ったサタンが通常のドラゴンであれば覆いつくせるほどの巨大な黒い渦を展開させ、竜巻を食らっていく。今度は成功したようで先程まで赤王によって嵐が巻き起こっていた大地が一瞬にして凪状態にまでになる。


 一瞬、サタン優位に思えたその局面。何故だかサタンの目の前からあれだけの巨体を持った赤王が居なくなっているのを理解した時には、サタンの身体が前方に向かってくの字にひしゃげ、そのまま吹き飛ばされる。


『頑丈だな。これで消滅せぬとは』


 いつの間にかサタンの背後へと移動していた赤王は強靭な尻尾でたたきつぶそうとしたのだが、サタンの身体が思っていたより硬かったため潰しきることができず、そう毒吐く。


「ふんっ、その巨体でよくぞまあこれほど速く動けるものだな」


 大地にめり込んだ体を引き上げるため、その大いなる膂力で地面を砕き、サタンは立ち上がる。自身の力が直撃したというのにほぼ無傷状態でいるサタンの姿を見てより一層警戒する。


『あの一撃を受けて無傷だと!?』


「そりゃあそうだ。貴様から力を奪って常に回復しているんだ。ちょっとやそっとの攻撃なら当たった直後に回復するから俺は無傷のままさ。特に貴様のように力だけが強いやつ相手ではな!」


 膨大な力が渦巻く。その発生源は憤怒を司る魔王サタン。やがて具現化された赤と黒の力が入り混じりながらサタンの上にある真っ赤な太陽へと吸い込まれていく。


「今までに吸収したすべての力を貴様に打ち込んでやろう!」


 それを見た赤王も自身の内側へと蓄積していたすべての力を外側へと具現化させる。その力の波動だけで荒れ果てて、何もないはずの地面が発火し、水分が蒸発し、すべての大地が呻きを上げる。そこだけがまさに地獄と評すべき大地へと変貌する。


「憤怒の太陽」


地獄焔ヘルフレイム


 二者の隔絶たる力が同時に放出される。一方は地獄をも喰らいながらせまり、他方は地獄を生み出しながら迫っていく。この舞台に最早安置など存在しない。少し離れてみていたドラゴンたちですらその熱量に耐え切れず遠方へと避難するほどに激しい攻撃がせめぎ合う。


 恐るべきはその質量。衝突する寸前に一瞬、時が凍り付いたかのような無音の状態が流れる。まるでその場所だけ全ての事象が死滅したかのように。


 そして大地を吹き飛ばすほどの強力な衝撃波を伴いながら二つの異次元な力が衝突する。絶大な力、これこそまさに天災。激しくぶつかり合う力は互いに衝突しながらその威力を増大させていく。どちらも互角の勢いでぶつかり合うその力がやがて打ち消し合い、消え去るかと思ったその時、天空から一人の女性がブレスを放っている赤王のもとへと降りたつ。


「フフッ、苦労しているではないか。憤怒よ。少し手助けをしてやろう」


『ッ!?』


 魔王レヴィが赤王へと手をかざした瞬間、どういう訳か、一瞬だけ赤王の力が乱れ、ブレスの勢いが弱まる。その須臾の出来事により、サタンが放った憤怒の太陽はブレスを吸収し、更に強大となってブレスを飲み尽くしていく。


「嫉妬め。要らぬことをしおって」


「龍王一柱相手にこれ以上時間を割きたくないのでな。憂うなら自分の力の無さを憂うがいい」


 赤王の前から攻撃を放つサタンの隣へと移動したレヴィはそう毒吐く。


「まあ良い。これで一体目は終いだな」


 そうして巨大化した太陽が赤王の目前まで迫り来たその瞬間、突如として上空から金と銀の眩しい光が交差する。


『あなた方は……』


『赤王よ。若いお主はまだ死ぬべきではない。ここは我らに任せ、お主はへと向かえ』


 そう言って赤王の前に現れたのは五大龍王の中で最も古くから存在する金王と銀王であった。龍王の中で最も若い赤王は他のドラゴンと比較すれば格別な力を持ってはいるが、この二柱の龍に比べれば赤子同然なのである。


『特異点?』


『赤王。あなた、夢の中でそれと会ったのでしょう?』


 銀王にそう言われて赤王はハッとする。なぜか無意識下にあったとき、赤王の目の前に現れた不思議な能力を持つ人族の男。その時、赤王は自然とその男に向かって「貴様も特異点か」と言い放っていたのである。金王と銀王がそのことをなぜ知っているのか、そして最強の龍である金王と銀王が居るのになぜその特異点へと向かわなければならなかったのか、そのすべてを察した赤王は金王と銀王の言葉に頷き、羽ばたとうとする。


「おっと、逃がさぬぞ」


『貴様の相手は我らだ! 行くがよい赤王よ! 龍の一族を守るためだ!』


 そうして龍王の中で最も若い龍王はその場から飛び去っていくのであった。

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