第194話 平穏

「あぁ、黒の執行者様。初めてそのお姿を拝むことが出来ました」


「最近こんな感じ。なんとかして」


 教室の中で顔を赤らめながら妄想するガウシアの様子を見てライカが俺に向かってこう言ってくる。こいつには正体を明かした覚えはないのになぜだか俺が黒の執行者であることに気が付いているのだ。


「何とかしてと言われても俺に何かできるわけないだろ?」


「そうですよ。クロノさんは黒の執行者様と知り合いという訳ではありませんし」


「知り合い、ではないけど」


 知り合いではなく本人だからな。一々、意味深な反応をしてガウシアを誘導しようとするんじゃない。


「というか黒の執行者二人いたよね? 一人は本物として偽物の方は何が目的であの格好をしていたんだろ?」


 カリンがあの時に居たもう一人の黒の執行者についてそう言及する。その話は学生たちの間や民衆の間でも広まっているものだが、未だ誰ももう一人の黒の執行者だと名乗りを上げることはない。


 承認欲求があるわけでもないのにわざわざ黒の執行者の姿を真似ることに何の意義があったのだろうか。もしかしてその格好をすることによって俺をおびき寄せて……いやそんなことは無いか。


「本物の黒の執行者様の迫力凄かったのですぐわかりましたけどね」


「それはそうだね」


 自慢気に言うガウシア。その頭上に乗っている青い鳥を見てふと思い出す。そう言えばゼルン王国的にはガウシアがこのままメルディン王国の学園に通う事をよしとするのだろうか? 本体があそこにあるとはいえ一応世界樹の力を扱えるのはガウシアだけだし国に置いておきたいと思うんだが。


 一応、本人は世界樹の力を完全に扱えるようになったわけではないから学園には通うとは言っていたけど。


「久しぶり、元気してた?」


 リア様達と話しているところにそんな感じで声を掛けてくる者が居た。この国の第一王子、クリスである。


「クリスか。どうかしたか?」


「いやね、君たちの活躍が凄かったって滅茶苦茶聞いたからさ。一国の王子としてねぎらいに来たんだ。特にリーンフィリアが凄く活躍したみたいだよね」


「とんでもないですよ。殿下に比べれば」


 国王軍は俺達公爵軍よりも先行して戦場で戦っていた。王国の軍を率いていたのは国王様ではなくこの第一王子、クリスであった。統率の取れた軍隊は流石天才王子であったと聞く。


「ハハハッ、まあね。最後は黒の執行者に全部持っていかれてしまったけど」


「仕方ないと思いますよ。間近で見ていた私から言わせてもらうとあのレベルはまだ人類では相手取るのが不可能でした。黒の執行者様だからこそ倒せたのです」


「でもいつまでも黒の執行者におんぶに抱っこは良くないと思うのさ。だって彼の者が本当に我々の味方なのか分からないからね」


 別に敵に寝返るつもりはないが、クリスの意見には賛成だ。俺の身体は一つしかないからどうしても助けたくとも助けられない場面がある。以前の魔神族との戦いのように各地で戦いが起こってしまえば俺の力が届かないところが増えていくし。


「次こそは勝ちたい」


 暴食の魔王に太刀打ちできなかったのが悔しかったのかライカが目に闘志を宿しながらそう言う。ここに来てからライカの表情が段々豊かになってきたな。以前まではあれほど無表情だったってのに。


「そうですね。黒の執行者様だけでなく私達も勝てる様になれば負担も減らせますし」


 今のところ魔王級の敵を単体で倒せそうなのはカリンくらいだ。ただ、リア様やガウシア、ライカも直に勝てるようになる気がする。これはまああくまで憶測ではあるけど。


「あっ、それとさクロノ。後で話があるんだけど」


「ん? ああ。分かった」


 クリスにそう言われて俺は即座に了承する。思い出した、みたいに言っているがどうせ最初からそのつもりで話しかけてきたんだろうなと思っていたしな。


「おーい、皆ー席につけー。ホームルーム始めるぞー」


 丁度そのタイミングでギーヴァ先生が教室に入ってきてホームルームが始まるのであった。

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