第181話 アーリア・グラルーン

 アークライト家で選抜試験があった一方で、荒野に佇む真っ黒な塔の中では女性一人に対して尋問が行われていた。


「それで? 貴様は一体どういうつもりでまた妾の前に姿を現したのか? アーリア・グラルーン」


「知りたい知りたい! 戻ってきても殺されるだけなのに!」


 レヴィや他の幹部達が見やる先には、黄金騎士団の元副団長であるアーリア・グラルーンが歯を食いしばりながら睨みつけている。


「おまえが私を騙したんだ! 皇帝様は何も間違っていなかった!」


「何を今更。妾は其方の中にある疑心を揺さぶったのみ。最終的な判断は全て其方が行ったではないか」


 激情的になっているアーリアに対してレヴィは至極冷静にそう返す。最早、失敗を犯した部下に興味がないのかはたまた愛想を尽かしたからなのか。


「だがまあ貴様の能力はまだまだ有用だ。返すと言うならこちらとしてもありがたい話。殺さないでやっても良いぞ?」


「くっ、貴様にそう言われるのは癪だがな」


 アーリアはクロノに置いていかれてからというもの、自身の身の振り方について考えていた。そうしてようやく自身が愚かな行動をとっていることに気が付き、こうして魔王の能力を返しに来たのであった。


「だけどどうしてわざわざこの能力を返しに来る必要があるのかしら? 妾達に返すよりも向こうで使った方が良いんじゃなくて?」


 レヴィが目の前に居るアーリアに手をかざしながらそう尋ねる。


「どうせ奪いに来るくせに」


「まあね♪」


 レヴィがそう告げた瞬間、一気にアーリアの強張っていた肩がガクンッと脱力する。そのあまりにも重い自身の体にアーリアは驚愕する。これほどまでに恩恵を受けていたのだと。


「確かあの者がこの能力を欲しがっておったな。怠惰の力もあることだし、奴等にも与えてやるか」


 いつの間にか黒い水晶を手に持つレヴィの目には最早目の前で蹲るアーリアの姿など見えていなかった。無能力となった彼女にはそれをすることすら価値を見出していないのである。


「これでようやく私は人間に戻れたのだ」


 アーリアがここに来た理由、それは単にレヴィ達が色欲の魔王の力を求めてアーリアの下へと訪れるであろうからそれに先立ってしまおう、というだけではない。


 アーリアはもう一度、人間の姿に戻ってから帝国で自身の罪の裁きを受けたかったのである。それが、裏切ったことに対する、そうして魔神教団で悪逆を働いたことに対するせめてもの贖罪であった。


「待たせたな、皆。もう少しだけ待っていてくれ。私もすぐそちらへ向かうから」


 かつての自身の隊員の顔を思い出しながらアーリアはその部屋を後にする。


 一方のレヴィはアーリアが部屋から出ていったことすらも気が付かないまま、いや気が付いてはいたものの放置していたわけだが、既に頭の中では別の事を考えていた。


「グリーディ、相手の総力はどれくらいあるだろうか?」


「えへへ♪ 多分、こっちの100倍くらい」


「そうか。ならあの男にこの力を使わせれば足りるな。それと、良い申し出があったしな」


 ぶつくさと魔神教団を討伐する世界の動きに対する案を考えていく。


「最悪、を檻の中から解き放っても……」


「馬鹿者。そんなことをすれば我々でも止められん。魔神様も食われてしまうぞ」


 不意に現れる男の声にレヴィは辟易とする。


「サタン。お前の姿はここで見せるべきではないとあれほど」


「貴様の指図など受けん」


 サタン、そう呼ばれた男は悪態をつくと、近くにあった幹部の空席に座り、足をドンとテーブルの上にのせる。


「知りたい知りたい♪ あなた一体誰?」


「グリーディ。止めておけ。この男は怒らせると少々面倒だ」


 いつもは注意しないというのに珍しくグリーディの言葉を注意する。その異様な雰囲気を感じ取ったグリーディもおとなしく口を噤む。


「あいつの力がまた増してきやがった。調整を頼む」


「了解した。グリーディ。今日はもう解散だ」


 サタンの口調に忙しくなることを予感したレヴィは真っ先にグリーディにそう告げる。


「承知」


 グリーディもそれ以外は何も聞かずにいや、聞けずに退散していくのであった。


 

 ♢



 豪勢に飾られた宮殿内、そこに腕を縛られ目隠しもされた状態の女性が二人の兵士によって連行されてくる。三人が向かう場所は宮殿内にいるグランミリタール皇帝陛下の下であった。


「面を上げよ」


 玉座の間にて顔を下げさせられていた女性の顔がゆっくりと上がる。つい先程、自首してきたアーリア・グラルーンであった。


「アーリアよ。本来であれば貴殿は私との面会もなくそのまま牢獄行きであった。しかし、貴殿がかつてわが国で打ち立てた功績は大きい。最後に問おう。アーリア・グラルーンよ。何故、このような罪に手を染めてしまったのか?」


「すべては私の不徳の致すところにあります」


 それ以外は口にしない。魔神教団で数々の残忍な行為をしてきたことを理解しているアーリアはもう言い訳などせず、一刻も早くに罪を贖いたかった。それを理解していた皇帝もそれ以上問うことはせずに、判決を下す。


「貴殿の心意気は理解した。では判決を下す。貴殿の行いはこれ以上ない程に残忍なものであり、かつてわが国で身を粉にしてくれていた事を鑑みても許しがたいものである。したがって判決は死……」


「少しお待ちください。陛下」


 そう言って皇帝陛下の判決を遮る一人の若者が居た。次期皇帝とささやかれているアレス・ドゥ・グランミリタールであった。


「何だアレス?」


「無礼を重々承知で申し上げます。この者を我が隊に入隊させてもらえないでしょうか?」

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