第179話 公爵と公女
「リア様」
俺は試験場の上で公爵様と視線を交わすリア様に声を掛け、一振りの剣を渡す。
「公爵様がお相手ならこの剣を使っても良いかと」
以前、公爵様と手合わせをした俺だからこそ分かること。公爵様はここにいる冒険者の誰よりもお強い。おそらく素手では武具持ちの公爵様とは戦えないだろうと判断したのだ。
「ありがと。クロノ」
リア様はそう言うと剣を受け取り、その剣身を眺める。リア様の視線に呼応するように込められた光が剣の中を撫でていく。
「すっかり馴染んでおられますね」
「いつも触っているからかしら」
いつも触れている、それだけでは説明がつかないほどの順応具合だ。よほどリア様が武具に好かれているのだろうということがわかる。
「ではお気を付けて」
そう言って用事を済ませた俺はジン達のいる方へと戻る。
「透明な剣なんて見たことねえぜ。ありゃ、なんて鉱石で出来てんだ?」
「ガイアだ」
「ガイア? あんな弱い鉱石で武具なんか作れんのかよ」
「ああ。まあそれなりの工房は必要だが」
「へー。知らなかったぜ」
冒険者の中では強度が保たないという点から武具用としてではなく、宝飾用として使われる石だからな。ジンが驚くのも無理はない。
「いいなー、私もあんな剣欲しい〜」
「私も欲しいわね。ジン、今度武具屋で探すわよ」
「いや、普通に考えて公女様が使うような剣がそんな易々と買えるわけないだろ」
「まあ一般には出回ってないからな。あれは特注だからこそ出来たものだ」
「「だよね〜」」
俺の言葉にあからさまに落胆するアスナとゼール。この人達って一応、志願者なんだよね? 合格か不合格かっていうこの緊張した時でもこんな感じなの?
いつもと変わらない三人の様子に不思議さを覚えながらもどこか懐かしい気持ちになる。そういや、冒険者時代にもこんな奴は多かったな。
リア様に拾われてからというもの周りが貴族ばかりだったからすっかり忘れていた。
「おってか、公爵様と公女様の試合な集中しようぜ」
全くその通りだと思い、俺は二人の剣戟を眺める。相変わらず、二人とも強いな。
特に公爵様は戦場では爆砕王として知られる、能力『
試験場上空では二人の爆撃と閃光が衝突しながら派手に展開されている。その衝撃は風となって志願者たちへと降り注いでいく。中には衝撃波で気絶する者さえ現れるほどであった。
「うへえ、おっかね」
「あんなのS級冒険者でしか見たことないよ」
「公爵様の実力であればそのくらいはあるだろうな」
年を取って衰えているとはいえ、元々はその強大な力と武力を恐れられて公爵という爵位を与えられたのだ。戦闘力だけで言えばそれこそ俺の元父親であるシノ・エルザードくらいはあるだろう。まあ、奴の場合は能力が戦闘系ではないくせにそこまで強いというバグではあるのだが。
「あんなの勝てっこないわ」
「ゼールの言うとおりだぜ。流石のあんたも公爵様には負けるんだろ?」
ジンが興味津々にそんなことを聞いてくる。一瞬、ふと公爵様を立てるために嘘を吐こうかと迷う。ただ、その考えも公爵様にバレた時の事を考えると余計に怒られそうだなと思い直す。公爵様は過大評価されることはお嫌いだからな。
ここは敢えて濁そう。
「さあな」
「……その言い方だとぜってえ違うじゃねえか。えぐ」
濁そうとするも一瞬で看破されてしまう。まあ普通は主が勝っているのなら肯定するだろうしな。ミスった。
そうこうしている内に試合もクライマックスといったところだろうか。両者に強大な力が溜められていくのが分かる。ちょっと待てよ? あんな強力な一撃をくらわして大丈夫か?
「おいおい、やばくねえか? これまでより更に威圧感あるんだが」
「ああ。あれはやばいな。二人とも勝つことに集中していて何も見えていない」
あの力が衝突すればここら辺一帯が吹き飛ぶことだろう。当然ながら志願者たちだけではなく、お二方の身体にも影響を及ぼす。
「ヤバイよ! どうするの!?」
アスナの悲痛な声に周りからもどよめきが起こる。はあ、仕方ない。止めに入るか。
「少々お待ちを」
そう言うと俺は二人の下へと駆けだすのであった。
♢
「リア! 強くなったな!」
爆発音を打ち鳴らしながら光の剣を薙ぎ払う。最初は実の娘だからと手を抜いていたが、次第に本気を出さなければ負けてしまうと理解したゼルダン公爵はいつの間にか対等にリーンフィリアと打ち合っていた。
「
「ふん!」
リーンフィリアの放つ強力な光の束とゼルダン公爵の放つ膨大なエネルギーが打ち消し合い、周囲に衝撃波が伝わっていく。その重厚な衝撃音は最早、剣で打ち合う音とは程遠い。まさにエネルギーとエネルギーとがぶつかり合い、相殺しあっている。
「はあ、はあ、はあ」
これまでに何度もぶつかり合っているためか、リーンフィリアの口からそんな息遣いが聞こえ始める。一方のゼルダン公爵もそろそろ限界を感じつつあった。
互いに次の一手がラストだと腹をくくり、これまでよりも更に強大で壮絶な力の奔流が各々の全身を覆っていく。
試合に集中している二人の耳には膨大な力の奔流による志願者たちからの悲鳴は最早聞こえない。あるのは目の前に立つ対戦相手との最後の一本勝負があるのみであった。
「リア! 超えられるものなら超えてみせよ! これが私の奥義だ!」
「お父様を超えて認めさせるんだから!」
二つの絶大な力が中央へと引き寄せられていく。まさに二人が衝突しようとしたその時、二人の間に黒い閃光が迸る。そして次の瞬間には二人の剣を指で止めている使用人の姿があった。
「お二方とも、やり過ぎでございます」
二人の攻撃を軽々と止めたクロノは呆れた声でそう告げるのであった。
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