第152話 潜入

「おっ、ヘルミーネ。今日もガウシア殿下のお見舞いか?」


「いえ、今日は殿下の体調が優れないとのことですので面会を断られまして。この方々が明日帰られるという事でそれなら最後に城の中をご案内しようかと」


 よくもまあそんなに口が回るものだ。話しかけてきた騎士に対してそう返すヘルミーネを見てそう思う。


「なるほどな。それは殊勝なことだが、ほどほどにな」


「分かっておりますとも」


 全然わかっていない。今から立入禁止エリアに行くんだし。その立入禁止エリアにどうやって入るのか。ヘルミーネによれば幼い頃、ガウシアと一度だけ世界樹のエリア内に入ったことがあるのだという。その時の抜け道を利用すれば入れるという事らしい。


「ここよ」


 そうやってヘルミーネが入っていったのは城の図書館。定期的に掃除はされているが、どうやら中に人はいないらしい。二階まであって中々豪華な図書館だぞ。


 俺が図書館の装飾に感動しているもヘルミーネはそれを無視して1階の奥へと進んでいく。


「ここの本棚よ」


 ヘルミーネがとある本棚の前で立ち止まり、その木枠をガシッと掴んで引く。するとその本棚は扉のようにやけにスムーズに開いていき、徐々に通路の様な物が姿を現わしてくる。


「おいおいこんな仕掛け、絶対バレるだろ」


 抜け道と聞いていたからどこか破損している部位からの侵入の事だと思っていたら明らかに意図的な構造物を利用しての事だったので驚く。


「大丈夫よ。子供の時はバレなかったもの。多分、昔の王家の方が作ったんじゃないかしら? だから今の方々も知らないわよ、きっと」


「ヘルミーネって結構だいたんなのね」


 リア様のヘルミーネを見る目に少しだけ呆れの感情が混じっているのが分かる。疑う事を知らないとはまさにこのことである。


「まあ何にせよ、世界樹の下に行くにはこの通路を使わなきゃいけないし仕方ないんじゃない?」


 カリンの言葉に取り敢えずは納得して通路へと進んでいく。全員が通路へ入ったことを確認すると、ヘルミーネが本棚をもとの位置に戻す。


「それにしても世界樹がちゃんと願いを聞いてくれるかが心配ね」


 ヘルミーネ曰く、世界樹は人の言葉を解し、コミュニケーションをとることができるらしい。そのため、世界樹に対してガウシアの呪いを解いてもらうよう頼めば何とかなるかもしれないとのことであった。


 正直、成功する可能性は低いと思うが、ダメで元々だ。やってみる価値はある。


「きっと聞いてくれるはずだ。世界樹は優しいから」


「呪いをかけるのに?」


「うっ、それは何とも言い難いけど」


 ライカの言葉にヘルミーネはぐうの音も出ない様子だ。ここはバシッとそれでも~とか議論を展開して欲しかったところだ。


 なんにせよ、半ば強引ではあったもののヘルミーネに付いてくると決めたのは俺達だ。つまりヘルミーネだけではなくこの場に居る全員が世界樹に話が通じると信じて来ているということ。


「もうそろそろ着くと思うんだけど」


「どこに行くつもりなのかしらヘルミーネ?」


 ヘルミーネの言葉に背後から問いかけてくる声が聞こえてくる。どこかで聞いたことのあるその声に全員の背筋が凍り付く。


「何を言ってるんだ。世界樹に決まっているだろう?」


 そう言って振り返ったヘルミーネの顔も凍り付き、やがて絶望の表情へと変化していく。


「じょ、女王陛下。何故?」


 そこには妖しい笑みを浮かべながら女王陛下が立っていたのであった。



 ♢



「どうせそんなところだろうと思ったわ」


 事情を全て聞いた女王陛下は呆れたとばかりにため息を吐き、そう呟く。


「ど、どうして分かったのですか?」


「あなたとガウシアが小さい頃に世界樹に入っていたのを知っていたからね。ガウシアの病状が悪化した時にあなたが取りそうな行動なんてすぐに予測できるわ」


 バレてたんかい。あんなに自信満々に幼い頃はバレなかったと豪語していたというのにバレてないのではなく見逃されていただけだったなんて。


「まあ別に? わざわざ処罰を下すつもりもないけど、一つだけ言っておくわ。世界樹に頼んでもガウシアは治らないわよ。あれはガウシアの問題だから」


「えっ、そうなのですか?」


「そうよ。あまり言うつもりもなかったけど、実はあれは世界樹の呪いじゃないのよ。寧ろ逆。世界樹から力を与えられているの。王家は皆そうよ」


 そう言って女王陛下は手袋を取り、自身の手の甲にある印を見せてくれる。


「ただあの子には特に世界樹から力を与えられてね。その力っていうのが膨大過ぎて制御しきれていないの。メルディン王国では元気だったでしょう? あれは世界樹から遠ざかっていたから受ける恩恵が少なくなっていただけ。体調を崩したのは世界樹に近付いたから。ただそれだけよ」


 呪いではなく力が与えられている。だから世界樹に頼みにいったとしてもそれが治るわけではないという事か。


「分かったら帰った帰った……いえせっかく来てもらったのだし追い返すのはあんまりね。私の部屋でお菓子でも食べましょう。メルディンでの娘の話も聞いておきたいところだし」


 そう言って女王陛下に引き返すよう促された時、通路の向こうの方から突如として爆発音が鳴り響く。このタイミングで来やがったか。


「ゼクシール陛下!」


「もう! 緊急事態だし仕方無いわね! 世界樹の方へ行くわよ!」


 カリンの言葉に女王陛下は頷き、俺達は再度世界樹の方へと足を向けるのであった。

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