第145話 二人の公女の嗜好
「ねえねえ、これとか滅茶苦茶興味あるんだけど! 寄っても良い?」
目をキラキラさせながら店の中へと入る少女、カリン。これでもう10軒目くらいだぞ? カリンがここまではしゃぐ理由、それはゼルン王国に並ぶ店のとある特徴に関係していた。
「じゃあ、この赤いイチゴのケーキをください!」
そう、ゼルン王国は甘味の名産地なのだ。ゼルン王国は国土のすべてが森で覆われており、森と共生する形で暮らしている。その恩恵が正に果物や木の実など豊富な甘味の材料という訳だ。ゼルン王国で採れる果物や木の実は他の所と比べてレベルが違うとはよく聞く。それゆえに全国から職人たちが修行をしにくるらしい。
そしてカリンは甘味が大好物。つまりはそういうことだ。
「いくつお買い求めですか?」
あっ、不味い。止めないと……。
「人数分で」
「畏まりました。少々お待ちください」
やられた。また俺が止める前に即座に言いきりやがったよ。カリンのこの言葉によって俺はこれまでケーキやら饅頭やら餅やらを大量に食してきたのだ。一回、俺の分はいらないとは言ったのだが、「えっ、でも美味しいよ?」と食べさせてくる。
美味しいという感覚を共有したいというのもあるだろうしみんなが食べないのに自分だけ食べるのは少し違うというのもあるだろう。このせいで甘味好きであるにもかかわらず俺の腹は更なる甘味を拒んでいた。
ていうか俺と一緒に付き合わされているはずなのにリア様とアンさんからは全然悲痛の声が上がらないのは何なのか。俺がおかしいのか?
「はい、これクロノの分ね」
「あ、ああ。ありがとう」
引き攣りながらも何とか笑みを保ってケーキを受け取る。こんなにはしゃいでいるカリンを見るのは久しぶりだ。エルザードにより幼少期から重い責務を背負わされた彼女にとって初めての娯楽。
それゆえに出来るだけ長い間好きなようにさせてあげたいという思いもあって、何とかして楽しんでいる雰囲気を保ちたいところだがそろそろ限界も近づいてきたのかもしれない。
イチゴのジャムでコーティングされたケーキを端の方から齧っていく。うん、やっぱ味は美味いんだよな。
「クロノ、大丈夫?」
必死に取り繕っているのにも限界が来たのかとうとうリア様から心配の言葉を頂く。
「え、ええ。大丈夫ですとも。ハハッ!」
「……これは重症ね」
リア様の心配を振り払おうと特大の笑みを作ったら却って逆効果だったようだ。まあ普段そこまで笑わない奴がいきなり満面の笑みになったら違和感あり過ぎたか。
「カリン、晩御飯もあるし甘味はこれでお終いにしましょう」
「うん、わかったよ! もう大分満喫したもんね!」
嬉しそうな笑みを浮かべてそう言うカリン。これが本場の満面の笑みという訳か。完敗だ。
「甘味が終わりだとすると次はお洋服が良いかしら?」
「あっ、それも良いんですけど。私ゼルン王国に来たら寄りたかったところがあったんで次はそちらに行きたいです」
リア様がハキハキとした口調でアンさんに言う。
「武具屋さんに連れて行ってもらえませんか?」
♢
名物である甘味通りとはまた違う場所にある大きな店。そこは先程の様な賑わいはないものの、寂れているという訳でもなくほどほどに客が入るくらいのようだ。
「それにしてもリア様が武具に興味を示すなんて意外でした」
「そう?」
「そうだね。だってリアはまだ学生だし」
「学生とはいえ魔神教団に二回も襲われてるのよ? 流石にクロノに助けてもらってばかりなのは嫌じゃない」
「いやそれが私の仕事であり責務ですので」
「でももう少し力になれたらな、って思ってるの」
俺にとってリア様を守るというのは当たり前の事なのだがリア様の中ではどうもそうではないらしい。初めて聞く自身の主の思いに何故だか少し嬉しさを感じてしまう。
「魔神教団って最近、世界の敵として認知された組織の事よね? あなた達も厄介な奴等に目を付けられたもんだね」
「ハハハッ、全くその通りです。ものすごく厄介です」
そう言いながら俺達は武具屋へと足を踏み入れる。
「らっしゃい」
武具屋の中にはカウンターに一人、顎髭を蓄えた壮年の男が立っているだけで他に人はいない。恐らくあの男が店主なのだろう。そして壁には色々な武具がかけられている。伝説の武具士であるファーブルさんに教えられた俺からするとどれも良いものには違いないが、少し物足りない。
工房と工具さえあれば俺が打つんだけどな。
そんなことを考えていると、リア様はかけられている武具には一切目もくれないで店主の方へと歩いていく。
「すみません、ファーブル氏が作った武具って置いてあります?」
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