第11章

第144話 出立

「リア、忘れ物はないか? 2泊3日ならちゃんと準備しないと後で大変なことになるぞ」


「大丈夫よお父様。昨日ちゃんと確認したから」


「カリンは……大丈夫そうだな」


「うん、大丈夫だよ」


 ガウシアの故郷へと遊び行く兼様子を見に行く当日、俺とリア様とカリンは公爵家の皆に見送られることとなる。


「クロノ君、リアとカリンを頼んだぞ」


「カリンは私が守らなくても大丈夫ですよ。寧ろ私の方が守られたいくらいです」


「ハハハッ、それもそうだな! この場合はカリンに頼むべきだったかな?」


「でも私はクロノに守られたいな」


「なに言ってんだ」


「おっと? これはリアも負けてられなくなってきたな」


「お父様? あまり余計なことを言うもんじゃないと思うけど?」


 リア様が不機嫌そうな表情に変わったことで公爵様のおどけも終焉を遂げる。まるで先生に咎められたお調子者の生徒のようにシュンと静まり返ってしまう。大恩人である公爵様に言うのもなんだが、凄まじくダサいな。できることなら最後までやり遂げて欲しかった。


 それにしても公爵様のカリンへの接し方がかなり変わった。いつの間にかカリンの呼び方がカリン殿からカリンになっている。以前、父親からの愛情を十分に受けられていないカリンに対して本当の父親として接したいみたいなことを仰っていたから多分そういう事だろう。そのついでになぜか俺に対しても仰っていたが。


「リア、これ渡しておくわね」


 そう言って夫人様がリア様に手のひら大の小袋を渡す。


「今回泊まらせてくれるアンさんによろしくね」


「分かったわ」


 アンさんというのはゼルン王国に住んでいるエルフのことだ。公爵家専属御者のバードさんが昔知り合ってそこから公爵家とも仲が良いらしい。


 今回はガウシアには伝えていないので流石にそれも王族の住まう城にお邪魔するのは不味いだろうという判断からそちらに泊まることになった。


「それじゃあ行ってくるわね」


 そうして俺たちはバードさんの馬車に乗り込んで、ゼルン王国への道のりが始まるのであった。



 ♢



「ここからは馬車では入れませんので私はここまでです。後はアンに付いていってください。アン、頼みましたよ」


「任せて」


「ここまでありがとう、バード」


 バードさんが森の入り口まで迎えに来てくれていたエルフの女性アンさんに俺達を預けた後に馬車で去っていく。


「じゃあ案内するわね。付いてきて」


「お願いします」


 軽い身のこなしで森の中を進んでいくアンさんの背中を追いかけていく。普段住み慣れているだけあって速いな。ちなみに荷物は各々が持っている。最初、リア様の荷物を持とうとした際に自分で持つから良いと言われてしまったからである。


「着いたよみんな。ようこそ、ゼルン王国へ」


 そうして少し森の中を進んでいくと大きな木の幹が立ち並ぶ通りに出る。木のうろを切り込んで作られたのであろう空間、上に続いていく木の幹を掘り出した住環境であったり、店などの街並み。これがエルフの国ゼルン王国であった。


「私の家はここから少し外れたところにあるからもうちょっと頑張ってね」


 通りからアンさんへの家の道は本当にあと少しの所にあった。少し歩いたとはいえ森の中を大荷物で歩いたため、皆に疲労が見える。アンさんの家に着くと、各々がドサッと荷物を自身の部屋へと降ろすと一回にあるリビングへと皆で集まる。


「そういえば後でもう一人来るのよね?」


「はい。今やっている案件が少し長引くらしくて今晩あたりに来ると思います。あ、それと母からアンさんにって」


 リア様をアンさんの質問に答えつつ、夫人様から渡された小袋を渡す。


「あら? クッキーじゃない。ありがとう。それで、あと一人はコミュニティカードで連絡が来た時に迎えに行けばいいわね?」


「いえ、私達が行きますのでそれはお構いなく」


「あらそう? じゃあ任せちゃってその間に晩御飯の用意でもしておこうかしら」


「あっ、晩御飯のお手伝い、私やりますよ」


「カリンさん、本当? 助かるわね」 


 和気あいあいとした時間が流れる中でどこか疎外感があるのは気のせいだろうか。俺も晩御飯の手伝いと言いたいところだが、リア様が迎えに行くのであれば同行しなければならないし、かといってこのままだと俺だけ何もしないやつみたいになるし……。


「それじゃあ、もう一人が来るまで少し町をブラブラしましょうか。せっかく来てくれたんだし色んなところを案内したいわ」


「うわ~、楽しみです~。ね? カリン」


「うん! 私もゼルン王国は初めてだから凄くわくわくするよ」


 へえ、カリンってゼルン王国に来たことがなかったんだな。勇者として各地の戦場に赴いていた印象があったから意外だ。因みに俺は一度だけ来たことがある。その時、確かライカも一緒だった気がするな。


「クロノも楽しみでしょ?」


「ええ、楽しみですとも」


 一度来たことがあるとは言わずに素直にリア様の言葉に頷く。わざわざ一度来たなど言わなくても良いのだ。それに、あの時は冒険者としての仕事で来ていただけで観光は出来ていないから楽しみなのは間違いないしな。


 こうして俺達はライカが来るまでの時間をゼルン王国の観光に費やすことに決めるのであった。

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