第146話 伝説の武具士ファーブルの武具とは

「ファーブル? ファーブルっていうとあれか? 伝説の武具士ファーブル様のことか?」


「はい」


 リア様がそうだと首を縦に振ると、店主は呆れた顔で告げる。


「あのな、嬢ちゃん。そんな一級品がこんな小せえとこに置いてあるわけがねえだろう? ましてや最近ファーブル様が作らなくなった影響で希少価値がめちゃくちゃ高騰してるってのによ。もしあったら即刻売り切れるぜ?」


 そうか。世間的にはまだファーブルさんが亡くなったのは知られていないから作らなくなったっていう認識になっているんだな。


「そうなんですね、残念です」


 リア様がしょんぼりした顔を見せるとそれを見兼ねたのか店主はちょっと待ってなと言い、店の奥へと入っていく。そうして出てくるときには一振りの細い剣が握られていた。


「そんな大層なモンよりこいつにしとけ。うちの店で一番の武具だ」


 そう言って差し出されたものは確かに業物であることが見て取れる。名工は作り出した武具に自身の力を宿すことができるから見るものが見ればすぐにわかる。


 まあ本当におすすめなんだろうな。リア様が初心者だという事を理解しながらもまともな武器を選んでいる辺り、口調はだいぶ荒いが良い人ではあるようだ。


「確かにかなりの業物ですね」


「お、嬢ちゃんは分かってそうだな。ていうかその顔どっかで見たことあるような」


「き、気のせいじゃない!? わ、私はただの一般ノーマルピーポーガールだよ!」


 何言ってんのか全く分からん。取り敢えず慌てているらしいという事だけがかろうじてわかる。


 そういえば今回、リア様やカリンの身分は隠すようにと公爵様から言われている。二人ともただでさえ普通よりも目立つ容姿の上、高貴な身分と知れば良からぬものが必ずと言っていいほど狙ってくるからだ。アンさんにも一応そう言ってある。


 まあこれから王家であるガウシアに会おうとしてるわけだから一部の人にはバレるんだけどな。


「まあ別に詮索はしねえけどよ。にしても慌てすぎだ」


「お、お恥ずかしい」


 冷静な反応で返されたので余計に恥ずかしくなったのだろう。カリンの頬がほんのりと淡いピンクに染まる。


「う~ん、私も冒険者時代は適当に選んでいたからよくわからないわね」


「えっ、アンさんって冒険者だったんですか?」


「そうよ。バードと他数人でパーティを組んでやってたわ。大分昔の話だけどね」


 だから一見関りのなさそうなエルフのアンさんとバードさんに繋がりがあったのね。納得、納得。


「でだ。どうする? こいつを買うか? 嬢ちゃん別嬪べっぴんさんだし安くしておくぜ? つっても数百万ゼルはいるがな」


 安くするとは言ったものの名工が打った武具だ。そのくらいが妥当だろう。ただよくもまあ15歳にそんな高値なものを売ろうとするな。いきなり伝説の武具士の打った武具の在庫を聞くぐらいだろうからそれくらいは持っていると踏んでいるのだろうが。


「クロノ、私ってそんなに大金、持ってきていたかしら?」


「一応、1千万ゼルまででしたら」


 そんな普通のやり取りを交わし、店主の方を向くとなぜか口を開けて固まっている。


「はあっ!? 1千万だあ!?」


「うん? どうかしたか?」


「どうしたもこうしたもねえよ!……はあ、俺としては冗談のつもりだったんだが仕方ねえ。こいつを手放す時が来たか」


「いや、ちょっと待った」


 一度見せちまったモンは売らねえとな、とボヤキながら準備を始める店主を俺は止める。


「なんだ?」


「まだこれにするとは言っていない」


 そう、今はまだ店主が勝手に剣を買うものだと解釈しているだけにすぎない。リア様は一度もはいとは仰っていないのだ。


「そうねこっちは高いし、これにしましょう」


 リア様が手に取ったのは壁にかけてあったとある剣。こちらも細い剣身であるのには変わらないが、最も目立っているのは向こう側が見えるほど透き通ったその刃である。


 明らかに飾り用にしか見えないその剣をいたく気に入ったようでリア様はそれをはいっと店主に渡す。


「おい、良いのか? これただの飾りだぞ?」


「そうなんですか? 値段は結構するのに」


「材質が珍しいからな。物珍しさだけでとても武具としては使えんぞ」


「ならどうしてここに置いているんですか?」


「そりゃ見栄えさ、見栄え。見た目はカッコいいだろ? 貴族様とかが買ってくれると思ったんだよ」


「そうなんですね。でも取り敢えずこれにします。なんていうか気に入ったので」


 その剣を買うと、俺達は武具屋を後にする。最後まで店主が首を傾げていた。どうしてそんなに使えない武具を欲しがるのかと。


「本当に使えないのかしら? 一番惹かれたのにな」


 先程購入した剣を鞘にしまいながらリア様が呟く。それに反応したのはカリンである。


「う~ん、私から見ても店主さんの言う通り飾り用にしか見えないけど。そんな透明な刃見たことないし」


「リアさん、ごめんだけど私もそう思うわ」


 カリンもアンさんも同意見らしい。ということは俺とは全く意見だな。


「そうかしら。クロノはどう思う」


「流石はリア様かと」


 問われた俺は率直な賛辞を述べる。本当に見る目があるなと思ったからだ。


「それって絶対相手がリアだからでしょ」


「いや、違う。リア様が流石だと思ったのは本当だ。だってこの剣は伝説の武具士ファーブルが作った剣なんだからな」


「「「ええっ!?」」」


 どうしてか選んだ本人であるリア様も含め全員が驚きの声を上げる。まあ気付かないのも仕方ないか。俺だって実際に見たことがなければ絶対にスルーしていただろうし。


「それにしてもまさかこんなところで再会するとは」


 リア様の腰に提げられたその剣を見て独り言ちる。


「何でこれがそうって分かるの? クロノってそういうの詳しかったっけ?」


「一度ファーブルさんに鍛冶を習っておりまして。鍛冶場でファーブルさんがこの剣を打っていたのを見たことがあるのです」


 俺がそう答えた瞬間、今度は時が止まったかのように3人の表情が固まる。


「えちょっと衝撃的すぎて言葉が出ないんだけど。ファーブルさん? 習ってた?」


「リア、私もだよ。クロノにはいつも驚かされてばかりだけど今回もまた弩級どきゅうだね」


 少し笑みを浮かべながらカリンがリア様に同調する。


「クロノさんってただの使用人じゃないの? 実は凄い人だったりする?」 


 ある程度は驚かれるだろうとは思っていたがまさかここまでとは。アンさんに至っては軽く引いている気がするんだが。


「私が凄いのではなくてファーブルさんが凄いだけですからね?」


「それはそうだけどそうじゃないっていうか。う~ん、なんて言えばいいのかな。クロノの馬鹿」


 何か流れる様に罵倒されたんだが。それも疑問符をつけるわけでもなくストレートに言い切りやがった。カリンめ。


「それはそうと一度私にその剣を預けてくれませんか?」


「別に良いけどどうして?」


「実はその剣は未完成なのです」


「未完成?」


「はい。先程店主も仰っていましたでしょう? 武具としてまるで使えないと。まさにその通りでこれはまだ武具にはなっておりません」


 武具としてかなめとなる作業、その工程を終える前にファーブルさんは魔神族の手によって命を奪われた。あの時に紛失したと思っていたものがどういう訳かまた俺の近くに戻ってきたのだ。


 美しく透き通った剣、一見すると水晶でできているようにも思えるほどの透明度であるその鉱石の名はガイア。その強度の保ちにくさから未だ誰一人、この石を使って武具制作を成功させていない。しかし、ファーブルさんは言っていた。この石で武具が出来ればそれが世界最強の武具だねと。


 ならば弟子である俺が打たないわけがない。


「私が完成させてみせましょう。史上最強の武具として」

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