第141話 伯爵の裏の顔

 日が沈み、しばらくたったころ、ウェザード伯爵家の家の灯りが全て消えていることを確認した俺達は柵を乗り越え、忍び込む。


「うえっ、ホントになんも見えないじゃん」


「大丈夫よ。私の光があるから」


「頼もしい! さっすが公女様~!」


「おい馬鹿! 大声を出すんじゃねえ!」


「それはあなたもよ、ジン」


 アスナを咎めたジンの大声を呆れながらリア様が小声で注意なさる。二人ともB級冒険者らしいが、どうにも抜けているところがある。本当にこれまでよく依頼をこなせてこれたな。前に冒険者をやっていた際にも仲間に対して同じことを思ったものだ。そう言う奴に限って危険なものには凄く敏感に鼻が利いていた思い出がある。


 二人もそっち側であることを密かに願いながら、屋敷の鍵を破壊して俺を先頭にして中へと侵入する。嘘のように静かな廊下を足音も立てずに歩いていく。幸い、床に絨毯が敷かれているためちょっとやそっとの物音は吸収されるため、音を立てることはない。


「怪しい場所はこちらですね」


 屋敷を入って少し奥へ行ったところにある場所。外から見れば蔵のようになっている場所へと通ずる通路が昼間とは違って開放されている。


 ためらうことなくその通路を歩いていくと、予想通り地下へと通じる階段が現れる。


「な、なんか急に怖くなってきたぜ。これでもし何もなかったらただの不法侵入だよな?」


「今更だな。だが安心しろ。何もないことはないと思うぞ」


 念のため先に外から中を覗いておいたからな。はっきりと女性が監禁されている姿をあるの手によって目撃している。


 それから無言のまま階段を降りていく。上の屋敷とは違い、無機質な材質でできた階段は足音を響かせる。そうして下っていくと広い部屋が見えてくる。その部屋にあった牢屋には三人の女性が囚われていた。


「ゼール!」


「……アスナ? それにジンじゃない!?」


 三人の内、青髪で長髪の女性が一瞬諦めたような表情を見せた後、二人の姿を見とめて驚きの声を上げる。この人がゼールさんだな。他の二人もゼールさんと同じくウェザード伯爵の手によって攫われた被害者たちだろう。


「ブレイク」


 俺が能力を放ち、いとも簡単に牢屋を破壊するとアスナとジンは一斉にゼールさんの下へと駆け寄る。


「うぇ~ん、ゼールが無事でよかったよ~」


「ホント心配したぜ」


「二人ともゴメンね。ちょっと油断しちゃった」


 涙を浮かべながら再会を喜ぶ二人に同じく涙を浮かべながら二人の頭を撫でるゼールさん。多分このパーティのかなめはゼールさんなんだろうな。


 そんな3人の様子を眺めながら残る二人の救出をリア様と共にしていると突然、暗闇であった地下室に光がともされる。そうして地下室に大きな拍手の音と数人の足音が響き渡る。


「いや~、リーンフィリア殿下。お見事でございます」


 現れたのは昼間に見たウェザード伯爵。その近くには伯爵の護衛だと思われる5人の男女が控えている。


「あ、あの女よ!」


 その一人を指差し、ゼールさんはそう叫ぶ。


「私が手も足も出なかった奴よ! みんな逃げて!」


「ゼールが手も足も出なかっただと?」


「嘘でしょ、Aランクのゼールが手も足も出ないなんて。もしそれが本当なんだったらBランクの私達がかなう訳ないじゃない」


 取り乱す三人の様子を見て伯爵はにやりと笑みを浮かべる。


「この5人は全員Aランク冒険者上位者の実力を持っている。うまくいったと思われましたかな、リーンフィリア殿下? 私がおびき寄せたとも知らずに」


 そう言うと伯爵はリア様を嘲るような笑みを浮かべる。まったくとんだ無礼を働く豚だな。


「リア様に手を出せば公爵様が黙ってないぞ?」


「ああ? 使用人風情が私に口を利くな! まあとはいえその質問は興味深いから答えておいてやろう。私には閣下ですら手を出せぬほど強力な組織が裏に控えておる。私がやったことなど簡単にもみ消せるのだよ」


 公爵様ですら手を出せない程強力な組織か。そして伯爵が保有しているには不自然なまでに強力な護衛か。当たりだな。こいつは確実に魔神教団と繋がっている。恐らくあの5人は魔神教団の手の者だろう。


 そう分析しているとリア様と俺の前にジンとアスナが守るように立つ。


「公女様、巻き込んで悪かった。まさかこいつがそこまで戦力を持ってるとは思わなかったんだ」


「せめて私達があなた達が逃げられるようにするから安心して」


 ニコリと笑みを浮かべて言うアスナの手は少し震えている。それもそうだろう。目の前の5人は明らかに二人よりも強い。勝てるなんて思ってないのだろう。


 ただそんな二人を見捨てるリア様ではない。震えるアスナとジンの手を優しく包んで首を横に振る。


「大丈夫。このくらい大したことないわ。クロノ」


「了解です、リア様」


 俺は二人を押しのけ、前に出る。


「公爵家の恐ろしさ、この無礼者共の魂に刻んでまいります」

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