第140話 強行突破

「いや~、これはこれはリーンフィリア殿下。私の部下が無礼を働いたみたいで申し訳ありませぬ」


 客間へと通され、リア様は椅子に座り、俺はその後ろに控える。前に居るこの肥え太った豚がウェザード伯爵である。因みにウェザード伯爵に悟られてしまわないようにジンとアスナは外で待たせてある。


「しかし、来ていただけるのでしたら一報がないと困りますな。こちらも公爵家に何かあってはいけませんから」


「申し訳ないです。急遽、ここへ来る用事が出来ましたので」


「用事ですか。軍務大臣である閣下のご命令でしょうか?」


「いえ、公務とは関係ありません。私の個人的な用事でございます」


「個人的なご用事ですか? 何でもお申し付けください。この国で最も美しいあなた様の手伝いならばこのブルダン、身を粉にして頑張りますゆえ!」


 一瞬、不思議そうな顔をするもすぐさま取り繕っておだて始める。貴族社会でこういう生き延び方をしてきたんだろうな。まあ、裏で何か怪しいことをしていなかったら否定するものでもないけど。


「ありがたいですね。それではちょっとこちらの屋敷を見て回りたいのですがよろしいですか? 実は学園での学生寮での暮らしが嫌になってきたんです。それで新しい家を建てようと思ったのですが間取りとかが良く分らないので出来れば参考にしたいなと思いまして」


 リア様がそう聞いた瞬間、先程はあれほどに満面の笑みでおだてていたというのにウェザード伯爵の顔が明らかに曇る。


「今、ですか?」


「はい、今見たいのです」


「ちょっと今散らかっておりまして、出来れば明日なんかでも……」


「間取りを見るだけですので散らかっていても構いません。建築の日取り的に今日見たいのです」


 先延ばしにしようとするウェザード伯爵を逃さんとリア様が詰めていく。普通ならばだいぶ失礼な行動であるがゆえにウェザード伯爵は目に見えて困惑している。というかこの反応からしてゼールさんかは分からんが少なくともあまり見られたくないものがこの屋敷にあるってのが明らかだな。


「あっ、それでは設計図をお渡ししますのでそちらで」


「ですが実際に見ないと良さが分からなかったりしますので、設計図を頂けるのでしたら頂きたいのですが、やはり見て回りたいと思うのです」


 内心でどうしてリア様がここまで食い下がるのか大いに疑問な事だろう。そうして何か公爵家が探りを入れに来たと勘繰る頃合いだな。


 伯爵の横に立っている執事が目配せしたのちに退室していったのを俺は見逃さなかった。


「リーンフィリア殿下のご熱意、しかと伝わりました。ではご案内いたします」


「ありがとうございます」


 執事が出て行って少ししてからやけに強気に変わった伯爵が席から立ち上がり、扉を開く。


「ねえ、クロノどう?」


「明らかに何かを隠している感じですね」


 伯爵が遠くに言った瞬間に小声で言葉を交わす。リア様も俺の言葉にやっぱりね、といった表情をしたまま伯爵の後を付いていく。


「まあ、公爵様ほどご立派な屋敷ではございませんが」


 そうは言うものの中々に豪勢な内装をしているがな。壁には有名な画家が描いたのであろう絵画がズラリと並び、廊下の随所に金細工の様な物が施されているし。


「まずは1階をご案内いたしますね」


 それからただただ豪華な部屋紹介が始まる。間取りだけを知りたいというのに得意げにこの家具はどこどこに拘っていてうんぬんかんぬんと要らない情報が次から次へと飛び出してくるのはどうにかしてほしい。


「次は2階ですね」


「お願いします」


 2階を見て回るもめぼしいものはない。強いて言えばここは娘の部屋だから入るのを遠慮してほしいと言われたくらいでこれといった怪しい所もない。


「……とこれくらいですかね。どうです? 参考になりましたか?」


「はい、とても。ありがとうございました」


 一通り見回った後、屋敷の扉の前で伯爵に別れを告げると、その足でジンとアスナがいる方へと向かう。


「どう? 何か見つかった?」


「う~ん、私達が見た感じだと特に怪しいものはなかったわね。まあ流石に途中でちょっとバレていたしやましいものは隠していたのかもね。ただ、収穫はあったわよ」


 そう言うとリア様は先程伯爵から受け取った屋敷の設計図を取り出す。


「一応、見て回った感じだとこの設計図通りだったわ」


 一度見て回ったリア様や俺なら嘘の設計図を渡されたら一発で分るからな。本物を渡さざるを得なかったという訳だ。


「この設計図でどうなさるおつもりで?」


「決まってるじゃない。潜入よ」


 ジンの問いかけにリア様はニコリと笑みを浮かべながら答える。


「えっでも怪しい所はなかったって言ってなかったですか?」


「案内されたところはね。でも一つだけおかしい所があったのよ。ね? クロノ」


「はい。後から隠したかのように無造作に布が被されていた場所がありました。恐らくはそこにがあるのではないかと思います」


「地下室か、なるほど」


 そこを通る際、伯爵や使用人たちが隠すようにして誘導していたが、逆にそれが怪しかったからすぐに気づけた。


「ということで今晩潜入ね。これから夜になるまで作戦会議するわよ」

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