第139話 怪しい伯爵

「それで私にお願いとはどういったものなのでしょうか?」


 近くの休憩できるご飯処の中に入り、腰を落ち着かせて注文すると開口一番にリア様が尋ねる。


「私達の仲間であるゼールちゃんを助けて欲しいんだ」


 実に簡素な説明がなされるとそれに見かねたのか男性の方から軽いチョップが下される。


「馬鹿。まずは自己紹介だろ? すみません、せっかちで。俺はジンでこいつがアスナです。それでさっきアスナが言っていたゼールってのは冒険者パーティの仲間のことなんです」


 頭にチョップを食らったアスナは頭を抱えながら恨めし気にジンの方を睨んでいるが、ジンは無視して続ける。


「知っているとは思いますけど一応、私がリーンフィリア・アークライトでこっちが付き人のクロノです」


「よろしくお願いします」


 座りながら頭だけをコクリと下げる。リア様が嫌がるため基本的に公の場以外では一緒に座ることにしている。


「それでゼールさんについては分かりましたが助けて欲しいというのはどういう事なのでしょうか」


「少し長くなりますがよろしいでしょうか?」


「ええ、なんなりと」


「ありがとうございます。それでは……」


 一日の始まりから話し始めて本当に長かったのでまとめると、とある伯爵の依頼を受けて報酬をもらった後、宿屋にて突然ゼールさんの姿が消えたらしい。その日までパーティに対する不満とかも一切なかったからおかしいと感じて色々と情報を集めていたらどうやらその伯爵がきな臭いらしいのだ。


「依頼内容も今考えればおかしかったんだ。15万ゼルってかなり高額の依頼なのにCランクの魔物を5体倒せばいいだけの依頼だったんだ」


「それで問いただしに行っても門前払いにあったわけですか。クロノ、どう思う?」


「怪しいですね」


 それに伯爵の名前があの入学試験の時に平民に因縁をつけていた娘がいるウェザード伯爵だ。あの伯爵には黒いうわさが絶えない。俺が調限りでは魔神教団とのつながりがあるかもしれないとまで考えられるほどの。


 しかし、とはいえ現時点では何もつかめていないのが現状。書類なんかも綺麗に消されていて何の痕跡も無い。ただ、前は居なかった冒険者が屋敷で監禁されているかもしれないのなら悪事の証拠として提示できるかもしれない。


「一度ウェザードを訪問してみるのもありかもしれませんね。あの腹黒野郎が素直に応じるかはわかりませんが」


「おいこいつ口悪くねえか?」


 最近、煩わしいことが起こりすぎて鬱憤が溜まっている上に誰かに悪口を言いたい気分だが俺の口が悪いのは気のせいだと思う。


「う~ん、そうね。私達が行ってだめだったら最悪、強行突破もありだしね」


「あんたもあんたで過激だなぁおい」


 おいおい敬語を忘れてるぞ、不敬だぞー、とは言わない。普段からリア様は子供たちからため口で話しかけられているし今更気にされないだろう。


「確かウェザード伯爵領ってここから近かったですよね」


「そうだね~私達が走って30分くらいだったから馬車で行けば15分くらいじゃない?」


「じゃあご飯を食べてから行きましょうか」


 リア様は目の前に運ばれてきたご飯を見てそう話を切り上げる。それにしてもウェザード伯爵か……都合が良いな。



 ♢



「ウェザード伯爵は居られますか?」


「うん? 何だ貴様、怪しい奴め!」


 リア様が門を守っている衛兵に尋ねると、その衛兵がいきなり槍をリア様の首元へと伸ばしてくる。そんな喧嘩っ早くてよく屋敷の門番が務まるな、とあきれながらも俺はその槍を掴み、威圧する。


「伯爵の一護衛如きが公爵家の長女であらせられるリーンフィリア様に槍を向けるとは無礼だぞ」


「公爵家ぇ? そんなデマを信じるとでも?」


 そう言って槍を押し込む力が強くなる。これで信じないとはな。公爵様がリア様をアークライト領から滅多に出さないことがここで裏目に出てしまったか。まあ良いか。向こうが先に公女殿下へ槍を向けたんだ。こちらがやり返しても文句は言われんだろう。


 俺は槍を向けてきた衛兵の槍をくるっと捻ってその場に倒す。


「ぐわっ、く、曲者!」


 衛兵が倒されたのを見て、もう一人が応援を呼びに屋敷へと走っていく。たくっ、門番が門を守る仕事を放棄するなよ。


「うーん結局、強行突破みたいになっちゃったわね」


「仕方ありません。奴等が無能なのが悪いのです」


 やがてその騒ぎを聞きつけたのか伯爵本人がやってきて俺とリア様は中へと入れてもらうのであった。

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