第138話 慕われる公女

「クロノ、今度ライカと一緒にガウシアの故郷へ遊びに行こうって話になったからよろしく」


 いつも通り庭掃きから戻ってきてリア様を起こしに来ると、既に着替え終わっていたリア様から開口一番にそう告げられる。よろしく、と仰っているあたり最早俺に決定権はないようだ。まあ、特に断る理由もないけど。


 ただ少し引っかかるところがあった。ガウシアの故郷へ遊びに行くという話だというのにまるでライカとしか話し合っていないようなそんな口ぶりだったのが気になった。


「ガウシアには言ってあるのですか?」


「それがね、ガウシアが通話に出ないの。それで心配だからライカと二人で話し合って今度遊びに行く兼様子を見に行くことになったのよ。それとカリンには帰ってきたら伝えるつもりよ」


「なるほど」


 ガウシアはゼルン王国っていう大国の王女だから一般人である俺からは考えられない程に忙しいのかもしれないな。カリンについては闘神祭の隙をつかれて魔神教団によって帝国が壊滅的な状況にまで追い詰められたらしく、国王の要請で帝国に行っているため今ここには居ない。話に聞いたところではそれだけでなくヒルトン皇后陛下までも攫われてしまったようだ。いつまで経っても救えない連中だな。


「承知いたしました。では私もその支度を進めておきます」


「頼んだわね♪ お父様やお母様にも伝えておくから」


「お願いします。ところで本日はどこかお出かけでもなさるのですか? いつもより少し早起きですが」


「うん、そうね。町にでも出ようと思っているわ。だからあなたも自分の部屋に戻って準備しなさい」


「承知しました。では少々お待ちください」


 そう告げると俺は自分の部屋へと戻る。基本的に付き人の仕事は主人周りの仕事しかしないため、突然出かけることになっても他の使用人たちに迷惑をかけることはないが、一応皆に伝えてから出かける準備をする。


 とはいえ服は既に使用人用の礼服を着ているから財布くらいしか準備する物はないけどな。


 それから少しだけ準備をしてリア様の部屋へと迎えに上がる。


「リア様、準備が終わりましたか?」


「終わったわよ。じゃあ行きましょ」


 そうして俺はリア様と共に町へと向かうのであった。



 ♢



「リーンフィリア殿下、おはようございます。帰っていらっしゃったんですね」


「おはようございます。ご無沙汰しております」


「あー、リーンフィリア様だ! 帰ってきてたんだ!」


「少し前にね」


 町ですれ違うたびに町の者から挨拶が飛んでくる。リア様は公女という立場であるにもかかわらず変装も何もしないで出かけているためアークライト領ではこのようにかなりフランクに声をかけられるのが常だ。ここまで庶民との距離が近い貴族なんてまあ珍しいだろう。


 なるほど、町に出る目的は領民に挨拶するためだったのか。嬉しそうに手を振るリア様の横顔を見てそう察する。


「おいアスナ! 止めとけって!」


 しばらく町民とあいさつを交わしているとそんな声が後方から聞こえてくる。


「どうかしたのかしら?」


 その声に反応したリア様と共に後ろを振り返ると道中で女性と男性がなにやら言い合いをしているのが見えた。そうして二人の内、女性の方がリア様が振り返ったのに気が付き、笑顔で手を振る。


「すみませーん、公女様。ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」


「馬鹿お前! 言葉遣いに気を付けろ! 相手は公爵閣下の御令嬢だぞ! 申し訳ありません、リーンフィリア殿下。私の連れは少し常識が無いと言いますか……」


 いかにも自由奔放そうな女性の首根っこを掴んで屈強そうな青年が詫びを入れる。服装を見た感じ冒険者っぽいな。


「別に気にしておりませんよ。それよりもそちらの女性の方がお願いしたいと仰っておられたような」


「寛大なお心遣い感謝いたします! この馬鹿は何も申しておりません! すみませんでしたー!」


 そうして颯爽と去ろうとする男性の首根っこを今度は解放された女性の方が掴んで止める。


「ちょっとジン、な~に言ってんのよ。ここの公女様にお願いしたら何とかなるかもしれないって言ったのあんたじゃないのよ」


「それを本当に実行する奴があるかよ! かもなって話をしただけだろうが!」


「それ、気になりますね」


「へっ?」


 相手にされないと思っていたのか、リア様にそう言われた男性はえらく驚いた顔でこちらを振り向く。


「よろしければ教えてもらえないでしょうか?」

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