第137話 提案

「私は君の母親であるエマ・エルザードの父親なんだ」


 そう言われた時、またもや俺の頭が真っ白になる。母さんの父親? てことは俺にとっては祖父になるわけだ。ずっと亡くなったとばかり思っていた。なぜなら、母さんの葬儀に出席していなかったからである。


「……母さんが亡くなったのはご存じですよね?」


「ああ、知っている」


「ではなぜ葬儀に来なかったのでしょうか?」


「それについては娘には本当に申し訳ないことをしたと思っている。エルザード家からの情報が一切遮断されていてね。エマの死を知ったのは葬儀の後だったんだ。そのこともあってエルザード家とグレイス家の縁を切ってしまった」


 なるほど、そういう事情があったのか。確かにあの男の事だ。そういうことは平然とやりそうだな。ここには居ないシノの姿を思い浮かべて沸々と怒りが湧いてくる。


「その時に君の事も助け出せば良かったのだが、当時私は君がエルザードに染まっていると思っていたからね。エルザード家に任せようと決めてしまったんだよ。ファーブルは違ったみたいだったけど」


「ファーブルさんまでご存じなのですか!?」


 先程から驚きの連発で頭がおかしくなる。俺の祖父であるということですらかなりの衝撃だったというのに追放されて路頭に迷っていた俺を助けてくれたファーブルさんまで知っているとは思わなかった。だが、ファーブルさんも……


「申し訳ありません。俺が未熟だったせいでファーブルさんも亡くなってしまいました」


 俺の鍛冶師としての師匠であり、命を救ってくれた恩人でもある快活なあの白髪の女性は山菜採りの際に魔神族によって殺されてしまった。黒の執行者として魔神族を駆逐し始めたのもあの事件があってからだ。


「いや、クロノ君が謝る必要はないよ。あの子が命を落としたのは魔神族のせいだし。まあ、それにしてもあの子は旅に出てばかりだったからもうちょっとに帰ってきてほしかったけどね」


 人一倍元気だったから、と付け加えてライオネル様は懐かしそうに微笑む。


「家に、ということはファーブルさんも」


「ああ、察しの通りファーブルも私の娘だ。エマの双子の妹さ」


 それで初めて合点がいった。あの人も母さんと同じく自分の身の上話はあまりしない人だったからな。どうして俺のことを助けてくれるのかと聞いても理由なんて無いわよ、と言って笑い飛ばすような人だった。そういうことだったんだ。


「ファーブルさんというのはあの伝説の武具師ファーブル殿の事ですか?」


 そこで今まで黙っていた公爵様がライオネル様に尋ねる。


「そういえば巷ではそんな感じに言われていたね。あの子は鍛冶の腕がピカイチだったから」


「やはりそうでしたか。珍しい名前ですのでそうかもしれないと思っていましたが。話に割り込んですまんなクロノ君。昔、剣を打ってもらったことがあって少し気になったんだ」


「いえいえ、お気になさらず」


「それとライオネル殿。今回、クロノ君の下へ訪ねてきたのにはこのことを言いに来ただけではないのでしょう?」


「ハハッ、相変わらず鋭いな、君は。実はそうなのだよ」


 ライオネル様はそう言うと、真剣なまなざしでこちらを見つめる。妙に緊張感がある間の後に次の言葉が紡がれる。


「クロノ君、うちに来ないかい? 今まで君を無視していた償いをしたいんだ」



 ♢



「よかったのかい、クロノ君」


 ライオネル様を公爵様と二人で見送った後、公爵様からそう聞かれる。勿論、先程のライオネル様の申し出を断った件についてであろう。


「はい。元々私は一生この公爵家に仕えるつもりでしたので」


「正直言うと、グレイス家の孫をこのままアークライト家の使用人のまま置いておくのは世間体が凄く悪い。領地を治めてはいないもののあの方の地位は国王陛下と同等だからな」


「ですが帰り際にそのことを隠していただくよう申しておきましたので恐らくは大丈夫かと」


 シノとは違い、ライオネル様は俺が断っても心優しくそれを受け入れてくれた。母さんのあの優しさはライオネル様譲りだったのかもしれないな。


「それにしてもファーブル殿がグレイス王家だったのは驚きだったな。クロノ君は知っていたのかい?」


「いえ、全く知りませんでしたね。ただ、母さんのことは興味津々に聞いていた覚えはありますので今思えば、その節はありましたけど」


 ファーブルさん、懐かしいな。あの時はたまたま通りがかったから拾ったとか言ってたけど、実際は俺のことを探しに来てくれていたんだ。優しかったファーブルさんのことを思い出すとともにもういないんだと悲しい気持ちにいたたまれなくなる。


「では私はそろそろ職務の方に戻りますので」


「うむ、頼んだぞ」


 そう言って俺は公爵様の傍から離れるのであった。

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