第136話 意外な来訪者

 闘神祭、魔神教団の襲撃と度重なる出来事が起こった後、世界中では首脳達によって新たな「世界の敵」が発表されたことによって動揺が走っていた。


 既に冒険者の依頼では魔神教団のアジトの破壊などがAランク冒険者以上の依頼で発行されているほどにまでかつて存在すらも気付かれていないような小さな組織は周知されることとなるのであった。


 そんな最中、俺はというとリア様やカリンと共に公爵家へと帰省している。メルディン王立学園は闘神祭が終わると同時に夏休みに入るのである。この時期、学生寮を利用している生徒たちの多くは俺達のように実家へと帰省する。まあ、ライカは冒険者だから変わらず寮に残っているらしいが。


「クロノ君、少しいいかな?」


 俺が庭掃きをしているところに公爵様が来てそう尋ねてくる。


「はい。大丈夫です」


「悪いね。少し君に会いたいと言っておられる方が居てね。客間の方に来てくれるかな?」


「承知いたしました」


 口ではそう言ったものの公爵様が何を仰っているのかよくわからなかった。会いたい人? 誰だろう? そもそも今までほとんど人とのかかわりを作ってこなかった俺に会いに来るのなんてそれこそ学校での友達くらいなもんだが、公爵様が、会いたいと言っておられる方、って言ってたし結構偉い人だよな?


 そんな人、全然身に覚えがないのだが。


 俺は不安を抱えながら公爵様の後に続いて歩いていく。そうして客間に着くと、白髪交じりの初老の男性が一人、ソファに座って待っていた。服装を見た感じではかなり偉い身分であるのだろうが、会った覚えも無いな。ただ、どことなく見たことのあるような気もする。不思議に思いながらも俺は促されるまま公爵様の横に座る。


「お待たせしました。こちらが使用人のクロノでございます、ライオネル様」


 公爵様がそう言うと、男性はこちらをじっと見つめて静かにこう呟く。


「ふむ、母に似て優しい目をしている子だ」


 その瞬間、俺の中で警戒心が一気に高まる。母さんの事を知っているだと? 一体何者だ?


「まずは自己紹介といこうか。私の名前はライオネル・ゼル・グレイス。グレイス王家の末裔だ」


「グレイス王国?」


 そんな国、聞いたことがない。少なくとも俺が産まれて以降にはなかったはずだし、学校の授業やエルザードでの教育でもそんな国名は聞いたことがない。


「聞いたことがない、という顔をしているね。ではそこから話そうか。グレイス王国というのは今は無くなってしまっているが、かつてこの世界を統一していた国の名なんだ。つまり私は滅亡した国の末裔という訳だな」


 王家の末裔、そういえば何となくは聞いたことがある気がする。昔は今のように何個も国があったわけじゃなくて一つしかなかったみたいなのを本で読んだ気はしたが、その一つしかなかった国というのがグレイス王国だという事か。


 目の前の人物の背景が分かり、何故このような人が俺に会いたがっていたのかという疑問がより強くなる。


「その、あなた様が滅亡した王家の末裔ということは理解できたのですが、それほど偉大な方が私の様な一使用人に一体なんの用があるのでしょうか?」


 俺がそう尋ねると、ライオネル様は突然俺に向かって頭を下げる。これには俺だけでなく傍らに立っている従者も驚いたようで必死に頭を上げるよう促しているが、それも無視してライオネル様は頭を下げ続ける。


「本当に申し訳なかった。君には今まで大変な苦労をかけさせてしまった」


「へ?」


 急になんだ? どうして俺に謝るんだ? そんな疑問と同時に段々と目の前の人の顔が俺の知っている誰かの顔と一致し始める。嘘だ嘘だ、そんな筈は……


 そんな焦燥にも近い動揺を肯定するがごとく、ライオネル様は次の言葉を紡ぐ。


「私は君の母親であるエマ・エルザードの父親なんだ」

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