第133話 影の竜
周囲を見渡してもリア様の姿はない。それどころか部屋の中は戦闘した形跡が残っているほど荒れているというのにダーズ以外何も見えない。
「リア様をどこへやった?」
俺がそう尋ねると、ダーズの顔は呆気にとられた表情から一転して、勝ち誇った笑みに変わる。
「そうだ、そうだよな! 現状、こっちが弱みを握ってんだからなにも恐れることはないよな!」
自分に言い聞かせるようにしてそう叫ぶと、ダーズはジロリとこちらを睨みつける。
「どうやってこの場所にたどり着いたのかは知らねえが、ここまで助け出しに来たってのは素晴らしい忠誠心だな。だったら俺に歯向かえばどうなるか分かるよな? 今、公女様は俺の影の中にいる。俺の意志一つで公女様の息を止めることだって……」
「うるさい」
俺はダーズの言葉を無視して詰め寄り、拳を振るう。
「マジかよ!?
俺の拳が当たるすんでのところでダーズの姿が影の中へと消える。たくっ、面倒な相手だな。
「おいおい、公女様がどうなってもいいのかよ!」
影の中からダーズが騒ぐ。リア様がどうなっても良いと思わないから速攻したってのに何を言ってるんだこいつは。
取り敢えず、現状、俺の能力は地面の影だけを消し飛ばすようなそんな器用な真似は出来ない。もしかすれば俺の能力でリア様を傷つけてしまうかもしれない。だからせめてダーズが向かう方向を認知する必要があった。
「まだわからんか」
そう言って俺がダーズの声がした方へと向かおうとすると、突如として目の前に影でできた兵士たちが10体ほど現れる。
「抵抗するなよ? 今、俺の近くには公女様がいるからな? 言いたいことは分かるよな?」
「ああ、そこにいらっしゃるのか。なら問題はない」
わざわざ教えてくれてありがとう、お陰で準備は整った。
「
ドガアアアンッ!!!!
俺は地面に拳を突き立て、ダーズが展開している影を床諸共破壊する。そうして床が崩れ行く最中、影の中から解放されたリア様を空中で抱きかかえるとそのまま着地する。
「ご無事でよかった」
意識はないもののリア様の脈がまだあることを確認すると、一先ずの安心を得る。
「ここはもう駄目だな」
先程の一撃で建物全体が崩れ始めていることに気が付いた俺は咄嗟に近くの壁に風穴を開けて脱出する。俺とリア様が脱出したその数秒後には要塞は完全に瓦礫の山となっていた。
「……どうなってんだ? そいつは影の中に居たはずだろう?」
同じく脱出していたダーズが俺に抱えられたリア様の姿を見て呆然とする。
「前にも同じようなことをしたはずだが? 流石に影自体を破壊することはできないが、お前が能力で作り出した偽りの影くらいなら破壊できる」
「そんなの卑怯じゃねえか!」
「卑怯? 人質を盾にしたお前達の方がよっぽど卑怯だと思うが?」
こちらを睨みつけるダーズを睨み返すと、そちらとは違う方向へリア様を抱きかかえながらゆっくりと歩いていく。
「おい! どこへ行くつもりだ! クロノ!」
「帰るだけだ。一刻も早くリア様を安全な場所へ移動させないといけない」
「させるかよ!」
背後で影を展開しているのであろうことが分かる。仕方ない。一度、リア様を避難させてからにしようと思っていたが、相手がその気ならやるしかない。
「リア様、もう少々お待ちください。すぐ終わりますので」
近くの壁にリア様をもたれさせるようにして置くと、ダーズの方を振り返る。
「お前達、一体何がしたいんだ? 俺や公爵家にはもう関わるなと忠告していたはずだよな?」
呆れたようにそう問いかける。あれほど脅しておいたというのにしつこくこちらに構ってくるというその気色悪さに嫌気がさしていたためせめて理由だけでも聞いておきたいと思ったのである。
「さあな。すべてはお館様の一存で決まってるし。俺達は知らねえよ」
「そうか」
いつになってもこいつら竜印の世代はシノの操り人形のままだ。理由なんて聞かされていないんだろうな。
「まあ、良い。どうせお前はここで
「死ぬのは俺じゃなくてお前の方だけどなぁ! おい、セレン! 居るんだろ! さっさと出てきやがれ!」
後方の瓦礫に向かってダーズが叫ぶ。その時、ガラッと瓦礫の山が崩れる音がする。どうやらセレンは瓦礫の山の中で隠れていたらしい。その姿は俺の知るあの性悪なセレンの姿ではなくこちらをみて怯えている様子のセレンであった。
「ちっ、使えねえな。まあ良い。俺にはこいつがある」
そう言うとダーズは懐の中からあの赤い液体の入ったガラス瓶を取り出す。
「これは教団内では魔神の血って言って崇められているらしい。つまりこれを飲めば俺も魔神の力を部分的に貰えるって訳だ」
そうして勢いよくその液体を飲み干す。その瞬間、ダーズの有している力が大幅に膨れ上がるのが分かる。
「さ~て、どっちが狩られる側か黒の執行者様とやらに教えて差し上げますか」
ダーズがそう呟いた瞬間、闇よりも深い黒い影が大地だけではなく空をも覆いつくすのであった。
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