第132話 案内

 前方に険しい山道が見える。俺は今、魔神教団の女を連れてエルザードがいるであろうアジトへと向かっているところである。命が惜しければエルザードが居るアジトへ案内しろという俺の言葉に渋々ながらも女は首肯したのであった。ちなみに黒の執行者の状態は無駄な騒ぎが起きないように一応、競技場をでる直前に解いてある。


「本当に合ってるんだろうな?」


「当り前じゃない。今更嘘なんて吐くわけがないでしょう」


 早口でそう告げる女の様子を見て、少なくとも俺をだますということはしないだろうと理解する。まあ、流石に今の満身創痍な彼女の姿からして抵抗する気も起きないだろうしな。


 そういえばさっきから妙に既視感のある道を通っている気がする。この道は確か、エルザード領に向かう方面じゃなかったか?


「……ねえ、そういえばあんたって黒の執行者なんだよね?」


 俺が一度口を開いたからだろうか? 今まで無言で前を走り続けていた女がおもむろにそう尋ねてくる。


「ああ。世間ではそうなっているな。それがどうした?」


「どうして正体を隠しているの?」


「別に大した理由じゃない。俺は公爵家に仕えている身だからな。公爵家の皆様を巻き込みたくないと思っているだけだ。それにあの姿は俺が憎しみに駆られた醜い殺戮者だった時の姿だ。そんな奴だってわかったらきっとリア様も公爵家の皆様も幻滅なさるだろう?」


 黒の執行者、その時の俺が今でも尊敬されているという事は知っている。現に闘神祭では黒の執行者がテーマとして実施されていたしな。ただ俺の中では悪しき思い出だ。憎しみのままに目についた魔神族を駆逐していく。それで誰かを救ったのだとしても関係ない。その行いは俺自身のために行われたものであり、尊敬されるようなものでもないのだ。


「ふーん、捻くれてるわね」


「魔神教団に入っているお前には言われたくない」


「お前じゃないわよ。アーリアよ」


「魔神教団の呼び名なんてどうでもいい」


「あっそ、冷たいわね」


 そりゃそうだろう。やっとの思いで人類が封印に成功した魔神を復活させようとしてるような奴等だ。正直言ってこんなに親しげに話したくもない。ただ、途中で機嫌を損ねられて案内する気を無くされても厄介なためある程度の返答はしているが。


 ……いや、それにしても喋り過ぎか? 黒の執行者の正体を隠す理由なんて誰にも話したことがなかった気がするし。誰にも話せなかった分、正体を知っているこいつに聞かれて話してしまったのかもしれない。


 それから特に会話が弾むことはなく終了し、俺とアーリアは無言で走り続ける。


「そろそろ着くわ」


 アーリアの言葉で大体どこに向かっているのか察しが付く。エルザード領があった場所、その近くにあって人目につかなさそうなところってことはおそらくあそこなのだろう。


 少しして山道が途絶え、大きな谷に到着する。高ランクの魔物たちが闊歩し、かつてエルザード家が管理していた危険地帯。さらに言えば、4年前まで元々魔神が封印されていた場所である。


「やっぱり怒りの谷だったか」


 一瞬にしてエルザード領の者が皆、身を潜められるところといえばここしか思い浮かばない。ここならば余程の実力者でないと侵入することすら不可能だからな。


「降りるわよ」


「いや、もう良い。大体、どこに隠れ家があるか見当がつく」


 そう言うと俺は黒の執行者の姿となり、アーリアを置いて怒りの谷へと飛び込んでいく。見当がつく、その理由はかつて来たことがある場所だからである。それはそれは俺がエルザード家に居た時の忌まわしい記憶であり、そして母さんとの最後の記憶でもある因縁の場所。


 奥へ奥へと迷いもなく突き進んでいく。ここは一定の方向に進めば進むほど年月を経ても未だ残っている魔神の力の影響でどんどんと魔物の力が強くなっていく。それに従って行けば――


「見つけた」


 目の前には自然であふれたこの地には不釣り合いな人工要塞。エルザード家の屋敷よりもさらに大きい。ここならばあの領内に居た者達を皆、かくまう事は出来るだろう。


 俺は躊躇いもなくその要塞の上空へと飛び上がると漆黒に染まった拳を突き立てる。


破邪はじゃけん


 ドカンッ!!!!


 凄まじい衝撃音と共に屋根が砕け、何かで黒く染まった床が見えた時に確信する。ここが奴等のアジトだと。


「もう前のように見逃すわけにはいかない」


 目の前で椅子に座っているダーズの目を睨みつけながら言う。リア様や公爵家の皆様を守るためならばもう一度、あの頃の殺戮者に戻るのも厭わない。


「お前達を排除する」

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