第134話 圧倒的な力

 周囲を黒く深い闇が包み込む。赤い液体を飲んだためか少し能力が変質したようだな。


「へへっ、これぐらいが精一杯か」


 目の前には目を赤く充血させたダーズが肩で呼吸をしながらこちらを見据えている。戦う前に既に満身創痍なんだが。


「どうだ! 黒の執行者とはいえこいつを破壊することなんてできや……」


「ブレイク」


 俺が掌の上に破壊の力を纏わせ影でできた空へと放つと、周囲を覆う真っ黒な世界にピシリと罅が入り、外の光が漏れだす。


「おいおい! 嘘だろ!?」


「強くなったところすまないが、今はリア様の体が心配だからな。お前にかける時間がもったいないんだ」


 その数瞬の間に影の世界に出来た罅が広がっていき、やがて目の前にあった黒い天井がパリンッという音を立てて一気に崩れ去っていく。


「ま、まさかそんな……」


 そして間髪入れず、俺は切り札を一瞬で破壊されたことに愕然とするダーズに接近すると、黒く破壊の鎧に包まれた拳を叩きつける。ダーズは最早既に消耗していたため、受け身すらもとることが出来ずそのまま吹き飛ばされていく。


「グフッ、ハァ、ハァ、な、何だってんだ、てめえの方が魔神なんかよりよっぽど化け物じゃねえか」


 口から血を吐き出しながら言うダーズに向かって、俺は冷たい笑みをこぼす。魔神なんかより? 魔神の本気も見たことがない奴が何を言ってるんだ。こういう奴がいるから魔神教団とかいうふざけた集団が生まれるんだ。


「前にも言ったよな? 次はないと」


 両腕に破壊の力が集まっていく。破壊者の真の力である黒の執行者の力。これを魔神族以外に使うのは気が引けるが、仕方がない。こいつらは俺がお世話になっている公爵家に、それもリア様に二度も手をかけた。ならば躊躇う事はない。


 俺は決めたんだ。公爵家の皆様のためであるなら、一度封印したこの力を使うのだと。


「お前がまず一人目だ。破壊の光芒デストラクション


 両腕を合わせた両掌の先から黒い破壊の閃光がダーズに向かう。それは全てを消し去る破壊の光線。壁にもたれかかっているダーズのみならず周りの大地をも削り取っていく。


 やがてそこに出来上がったのは新しい谷。地面は抉れ、壁であったところは焼け果てた道へと変化している。久しぶりの感覚だ。いつになってもこの力は慣れない。


「それよりもリア様は大丈夫か?」


 思いのほか、俺は怒っていたらしく、放った攻撃はあの一撃だけだというのに周囲の景色が全く違うものへと変貌を遂げていた。そのため、力がリア様に及んでいないかが心配であったのだ。


 そうしてリア様がいらっしゃる方を見て、ほっと一息を吐く。よかった、巻き込んでいなかったようだ。この力は危ないな、そう思い、黒の執行者の姿からいつもの姿へと戻るとリア様を抱きかかえて、その場から離れようとする。


「あ、あの!」


 その場から離れようとすると、後ろからそんな声が聞こえる。あー、そういえばあいつがまだ残っていたな。先程の攻撃も持ち前の千里眼でも使って避けたのだろう。


「たくっ、面倒だな」


「あっ、えっと、その違うんです!」


 再度、リア様を降ろし臨戦態勢に入ろうとすると、やけに丁寧な言葉でセレンが言う。追放される前なんて罵倒されていた覚えがあるんだが、どういう風の吹き回しだ?


「何が違うんだ?」 


 使う言葉に違和感を覚えながらも目の前まで歩み寄ってきたセレンに問いかける。


「私は、その、あなた様と敵対する気は全く無いということです」


「はあ?」


 呆れる余りに思わず声が大きくなる。こいつは自分たちがリア様に何をしたのか分かって言っているのか?


「今更そんなことを言われても信じられるわけがないだろう?」


「都合がいいというのは分かっています……でも信じてください! 私はあなたの敵ではありません!」


 相変わらず顔がヴェールで覆われているため、表情を確認することはできないが、その声色は真剣そのものであることが伺えるから余計に疑いたくなる。


 どうせシノの事だ。もし勝てないと判断したらセレンを俺側に潜入させて油断しているところを襲わせようとしているようにしか思えない。


「それ以上近付くな」


 歩み寄ってきていたセレンの足が俺の言葉でピタリと止まる。これ以上近付けば俺が敵対視すると思ったのだろう。現状、俺が疑っていることは千里眼を使わずとも明らかなことだからな。


「俺の敵じゃないとはいえこれからエルザードの下へ帰るんだろう? だったら否が応でも俺と敵対することになる」


「いえ、私はもうエルザードの下へは戻りません。シノのは自力で解きましたので」


 洗脳、それはあながち間違えてはいない。シノの能力である『支配者』は他者を支配する能力。しかし、その力はシノとの能力強度差によって変化するため、竜印の世代にとってはかかったとしても大した束縛力にはならないはず。そのため、色欲の魔王の力である『魅了』には劣る。


 あれはかかった時点で、他者を操ることが出来るからな。支配者は単に支配下に置くことができるだけで操ることはできない。


「シノの力はお前にあまり効果は及ぼさないはずだが?」


「まだ弱く意志を持たない幼少期から今まで常に支配下に置かれておりましたから。洗脳とは能力だけではないのです」


 つまり幼少期から支配者の力を受け続けていたらそれが効かなくなるはずの歳になってもかかりやすくなっているという事か。カリンは幼いころから既に強かったからそもそもかからなかったし、俺は息子だからかけなかったということか? 


 なんにせよ、以前屋敷へ殴り込みに行った際には解けていなかったことを考えると、この短い期間で急に解けることがあるのだろうか?


「……まあいい。お前のことを信じるわけではないが敵対しない者をわざわざ殺す気は毛頭ない。じゃあな。俺はもう行くから」


「待って!」


 再度リア様を抱きかかえ、帰ろうとした俺の背後にまたもやセレンの声がかかる。


「なんだよ、まだ用でもあるのか?」


「じ、実は……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る