第125話 アジト

 薄暗い廊下を二人の少年と一人の少女が歩いている。少年の方は竜印の世代であるダーズ・クラウン、アンディ・ベルトーニ、少女の方はリーンフィリア・アークライトである。


 今、赤い液体を飲んで能力が覚醒したアンディによって現在の自分たちの住処へと転移した直後であった。


 暫く歩いていき、他の部屋よりも一回り大きな扉をガチャリと開けると3人は中に入る。リーンフィリアは未だアーリアが放った魅了が解けていないのか、虚ろな目をしたまま二人に従っている。


「じゃあダーズ。僕はあっちの砦に行ってお館様達と合流するからこの子が逃げないように見張っていてくれ」


「いや待てよアンディ。あいつがここまで来たらどうするんだ? もし本当にお館様が言うように黒の執行者があいつだったら俺一人じゃあれを飲んだとしても止められないぞ?」


「大丈夫さ。念のためにペアリングは消させておいたからここがバレることはまずない。それに向こうには枢機卿が二人も居るんだ。多分、クロノが黒の執行者だったとしても二人相手じゃ勝てないと思うよ」


「向こうにはカリンもいるだろ?」


「いたとしてもだよ。あの薬を飲んだ枢機卿が二人だぞ? 勝てるわけがない」


 以前、魔神教団の枢機卿である魔王の子の力を目の前で見たアンディは確信を持ってそう言う。アンディの言葉にダーズも半ば無理やり納得させられて不満げな顔をしているも、確かになと思い直している。


 魔王の子たちは文字通り魔王の力を操る。かつて竜印の世代が総出で数時間戦っても倒せなかった敵が二人もいるのだ。それはそれは二人からすれば心強いものであった。


「じゃあ行ってくるね。後は任せたよ」


 そう言うとアンディの姿が消え、部屋にはダーズとリーンフィリアの二人だけが残される。


「ちっ、牢屋とかあったら楽なのに。不便だなここは」


 そう言うと近くにあった椅子に腰を掛け、しみじみと立っているリーンフィリアの顔を見上げる。


「近くで見るとやっぱ滅茶苦茶美人だよな。こんなのクロノにはもったいないぜ、ホントに」


 少しまじまじと見た後、何か思いついたのか立ち上がり、リーンフィリアの方へ近づいていく。


「お館様からは傷一つつけるなとか言われてっけど……」


 そうしてダーズが物言えぬリーンフィリアの顎に手を伸ばすと、その瞬間、ガチャリと扉が開き、ダーズはその手を引っ込める。


「ダーズ、何をしているの?」


「なんだ、起きたのかセレン。たくっ、今良い所だったってのに邪魔しやがって」


 そう言って再度ダーズがリーンフィリアへと手を伸ばそうとすると、凄まじい速さで何かがそれを叩き落す。


「どうしてこの子がここにいるの? もしかしてまたあの化け物に手を出すつもりじゃないでしょうね?」


「クロノの事か? ああ、そうだぜ」


「もう関わるのは止めなさいとあれほど言ってるのに!」


 ダーズの言葉に一層怒りを増した声でセレンが言う。セレンはあの一件以来、クロノの底に眠っている不気味で悍ましい力に恐怖を植え付けられていた。それこそほとんどベッドの中でくるまって寝ているくらいには。リーンフィリアの気配に今まで気づけなかったのも寝ていたためである。


「おい、どこへ連れていくつもりだ!」


「この子を帰すのよ。大方、催眠系の能力でもかけられているだろうからそれも解いて」


 リーンフィリアの手を引くセレンにダーズが怒った口調で言うとセレンはそう淡々と告げる。


「あんまり調子乗るなよ? セレン。最近、お前おかしいぞ?」


「別におかしくないわ。おかしいのはあなた達でしょう? あんな化け物に楯突こうなんて」


 その刹那、部屋中が音を立てるほど大きな力がダーズから発せられる。


「お館様に歯向かうのか?」


「違うわ。ただあの化け物と対峙したくないだけよ」


 負けじとセレンの方からも大きな力が放たれる。


 二つの超人じみた力が一つの部屋で衝突する。もし普通の人がその場を訪れたならきっとすぐにでも失神してしまうだろうほどの圧力が部屋中を取り囲む。


 その時、ふと近くで物音が聞こえ、二人ともが咄嗟にそちらの方へと顔を向けると、そこには操られ、意識を保っていないはずのリーンフィリアが目を鋭く尖らせて二人を睨みつけていた。


「あなた達誰よ」

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