第124話 本気

「カリン、こいつは俺がやる」


 そう言いながら目の前の敵を睥睨する。まさかカリンが押されているとは思わなかった。奴の目が血走っているのを見るに恐らくダーズが持っていたあの赤い液体でも飲んだのだろう。


「クロノ、私も戦うよ」


 身を起こして俺の横に並んだカリンがそう言うが、俺はその申し入れに首を横に振る。


「いやカリンはあっちのジオンを助けてやってくれ。俺はこいつを倒してすぐに行く場所があるから手助けができないんだ」


 横で大柄の男と戦っているジオンを見て言う。グレイスの隊長を務めているだけあって善戦はしているがそれでも足りないというのが傍目で見ても分かる。だが俺にはそっちに気を取られている暇がない。


「すぐに行くってどこに?」


「こいつらの根城だ。さっきリア様が攫われたんだ」


「……えっ!? それは一大事だね」


「ああ。俺がリア様の傍にすぐにでも向かっていればこんなことにはならなかった……いや、今それを考えるのは止めておこう。取り敢えずこいつは俺が引き受ける。カリンはジオンの方へ行ってくれ」


「うん、分かった。あっ、でも気を付けて。あの人、得体のしれない液体飲んでものすごく強くなったから正体を隠したままだと……」


「ああ、分かってる。だから本気を出す」


「ジオンにバレるけど良いの?」


「ああ、この際仕方がない」


「……なら言う事はないね」


 俺の言葉を聞いたカリンはそれだけ言うと地面を蹴ってジオンの方へと向かう。あっちにカリンが行けば恐らく大丈夫だろう。これでクリスとの約束も果たしたことになる。


「だあれ? あなた。突然救世主みたいに現れたからてっきり有名人かと思ったけど、全然知らない顔ね」


「悪いがお前と無駄話をしている暇はない。単刀直入に言う。アジトの場所を教えろ」


 俺の物言いにイラっとしたのか先程まで浮かべていた戸惑いの目が敵意の目へと一変する。


「はあ? アジトの場所なんて教えるわけないでしょ? ていうかいきなり出てきて何よその態度! せっかく勇者を倒せそうだったってのにそれをあんたに邪魔されてこっちはイライラしてんのよ!」


 そう言って剣を携えて途轍もない速さでこちらに迫ってくる。それを俺は真っ向から向かっていく。予想外の行動だったのか女は一瞬動揺を見せるもすぐに持ち直して大きく剣を振り下ろす。


 ガンッ!


「嘘でしょっ!? 魔王の剣を素手で受け止めるなんて!」


「お前に時間をかけている余裕はないんだ」


 それだけ言うと、一気に力を解放する。爆発的に体から漏れ出した破壊のオーラが辺りを威圧しながら暴れまわり、やがて俺の周りへと凝縮していく。先程まで暴れまわっていた力の奔流はその一瞬で嘘のように静まり返る。


「そ、その姿、まさか……」


破邪はじゃけん


 相手が言い終わる前に俺は拳に力をためて一気に吐き出す。女は俺に掴まれたままの剣を離して、身をよじって攻撃を避ける。


「くっ、はあ、はあ……うそ、避けたはずなのに」


 破壊のオーラを纏った一撃は回避したはずの女の横腹に深刻なダメージを与えるも、異常な速度で回復されてしまう。やはりあの時の少年と同じく魔王の力を持つ者か。


 だが殺さずにアジトの場所を聞き出すのにはちょうどいい。


 俺は第二撃を加えるべく、女性に詰め寄る。


 ブンッと足を大きく振るうと、その先から衝撃波のように黒い破壊の波が押し寄せる。女は蹴りを避けるもその破壊の波に飲み込まれてしまい、その力の奔流に体が呑み込まれてしまう。


「ぐああああっ!!!!」


 バキバキバキッと骨の折れる音がする。普通ならばこれで立てなくなって終わりなのだが、奴等はすぐに回復してしまう。回復が終わる前に拘束するべく、俺は女の腕へ手を伸ばす。


「無駄な抵抗をするな。さっさとアジトの場所を教えろ」


「はあ、はあ、はあ、い、いくらあなたが強くても、関係ない。私はどんな攻撃も一瞬で回復するんだから!」


 その言葉の通り女の傷跡はどんどんと回復していく。しかし、ただそれだけだ。力を加えようとも俺の手を引きはがすことはできない。掴まれていないもう片方の腕はだらんと垂れ下がったまま動くことはなかった。


「ど、どうして? 思ったように体が動かない!?」


「魔王の回復力を持っていようが体は人間だ。生身の人間がこれだけの破壊と再生を繰り返して耐えられるはずが無い」


 俺の言葉を聞き、段々と自身が置かれている状況を理解し始めたのだろう、徐々に顔が青ざめていくのが分かる。


「だから言っただろ? 無駄だって。命が惜しいのならさっさとエルザードがいるところへ案内しろ」

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