第126話 裏切り
「あなた達誰よ」
3人しかいない部屋にリーンフィリアの棘がつまった言葉が響き渡っていく。しかし、それはダーズにとっては思いもよらないことであった。まさか魔王の力によって操られているリーンフィリアが意識を取り戻すなんて考えられなかったからだ。
その信じられない光景を少し眺めるとダーズは取り直すようにコホンッと咳をする。
「まさか催眠が解けるとはな。ホント、杜撰な仕事をしてくれるもんだぜ」
ここには居ない誰かに文句を言うようにそう呟くと、リーンフィリアの透き通った瞳をジロッと見る。
「誰ってわからないか? 一応、お前達の国の英雄なんだがなぁ」
そう言われてリーンフィリアは少し考えた後にハッと思い出したかのような顔つきで目の前にいる二人を見つめる。
「あなた達、エルザード家の人達ね?」
「ああ、合ってるぜ。もっと言うなら竜印の世代様だけどな。それで? 歯向かったらどうなるか分かるよな? おとなしくしてほしいんだが」
「無理ね」
そう言うとリーンフィリアの体を煌々と輝く光の鎧が覆っていく。
「おいおい、やる気じゃねえか。闘神祭で勝てたからって調子に乗ってるんじゃねえか? 一時代を築き上げた竜印の世代様を嘗めんじゃねえぞ?」
威圧するような口調の後に、ダーズの体からも威圧的な薄い灰色のオーラが湧きだす。その勢いは部屋中を覆い隠さんとするほどの物であり、流石は一時代の英雄と言わざるを得ない力であった。
「……ちょっと待てセレン。てめえ、どういうつもりだ?」
睨みあっている二人の間にリーンフィリアを守るような形で割って入ってきたセレンに対してダーズは声を潜めて尋ねる。先程いざこざはあったと言えど、ダーズからしてもセレンのその行動は意外なものであった。
「あの化け物が大切にしている子よ。傷一つでもつけたらどうなるか分かったもんじゃないわ」
セレンはあの一件以来クロノに心の底から怯えている。それは黒の執行者だからだという理由付けがなかったとしても得体のしれない化け物として。彼女は自身の能力を何よりも信頼している。そのため、クロノに関わるのはおろかクロノと親しい人間を自身の身内が傷つければたとえこの場から逃げたとしても地獄の果てまで追いかけられるという妄想、いや事実に取り付かれてしまっているのだ。
「お館様とクロノ、どっちが大事だよ」
「私にはどっちが大事かなんて関係ないわ。自分が一番大事だもの」
「あーあー、そうだよなぁ。お前はそういう奴だったなあ!」
「そういう奴? あなたが私の事を分かっているとでもいうのかしら? 傲慢ね」
いきなり竜印の世代同士が仲間割れをして口論を始めたことにリーンフィリアは戸惑いつつも努めてキッと鋭いまなざしを保つ。
「よくは分からないけどあなたはこっち側なのね?」
「気安く話しかけないでくれる? あなたが誘拐なんてされなかったらこんなことにはならなかったんだから」
とても守ってくれる人が放つ言葉ではないものの現状セレンが自身を守るように動くことには変わらないと察して目の前にいる黒と白のツートンの少年の方を向く。
「非戦闘系能力の奴が俺に勝てるわけがないだろうに、はあ、仕方ねえな」
そう言うとダーズはパチンッと指を鳴らす。その瞬間、突如として部屋の至る影の中からエルザード家の家来たちが続々と出てきて、セレンとリーンフィリアを囲う。
「覚悟しろ」
ダーズの姿が影の中へと吸い込まれていく。能力「影と同化する者」を持つダーズは歴代の影能力者であるクラウン家の中でも特に異質な能力を持っていた。
ダーズの父であるギーズの能力である「影武者」。それは影を操って攻撃するだけの者であったのに対しダーズはその上、自身が影の中に入り込むことが可能なのはおろか他の者も影の中へと隠すことができる。
戦闘時では今のようにしてどの影から飛び出してくるのか分かった時には既に心臓を一刺しにされているのだ。
しかし今、この場には同じく異質な能力を持っているセレンが居る。竜印の世代とは、各名家の中で異質な能力を持ち合わせた者達で構成されている、いわば正真正銘の化け物集団なのである。
「今から私の指示通りに動いてもらうわよ」
「あなたは戦わないの?」
「あいつが言ってたでしょ。私は非戦闘系能力なの。順位が3桁くらいの奴なら余裕で倒せるけどこいつは無理ね。ほら、後ろ」
「分かったわよ。
言われた通りにリーンフィリアが体を動かすとそこには音もなく忍び寄っていた家来の3人が一気に吹き飛ぶ。セレンはセレンで他の家来を蹴り飛ばしている。
「ホントだ、気が付かなかった」
「あいつの家は隠密に関して言えば超一流だわ。私の目が無いと負けるわよ。次、右!」
「もう!」
こうしてリーンフィリアとセレンという謎のコンビとダーズとの戦いが始まるのであった。
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