第117話 珍客

「君、吐く気はある?」


「……」


 暗い廊下で端正な顔の男が倒れ伏している黒いローブの者の顔を剣先で持ち上げて聞くも、聞かれた方は怯えた様子で何も答えない。


 いや、答えたくとも答えられない。


 それを悟った端正な顔の男、クリス・ディ・メルディンは躊躇うことなく、最後に残った者の首をはねる。


「……そっちはもう終わったのかい?」


 背後にカトリーヌとリューク以外の二つの気配を感じ取ったクリスが振り返りもせずに問いかける。


「うん、終わったよ」


「はい。ただ、侵入者には何かの能力が施されており、情報を聞きだせないと分かりましたので何も聞かずに排除しましたが」


「そうか」


「私も何も聞きだせなかった。見たことのある嫌な能力だよ」


 そういうカリンの脳裏にはある一柱の魔王の存在が過っていた。


「色欲のことかい? でも奴は黒の執行者にやられたんじゃなかったっけ?」


 色欲の魔王。魔神族の中でも特に甚大な被害を出した七罪魔王の内の一柱である。しかし、黒の執行者との死闘の末、滅びてしまっている。


「そうなんだけど奴らは何故か死んだ魔王の力を使う。前の合宿所の時みたいにね」


「そういえばそうだったね。だとすればこの刺客たちのやけに手応えのない感じ、嫌な予感がするね」


 魔王の力を持つ者が関わっているというのに、肝心のそいつが現れないことがあるだろうか?


 ドカンッ!!


 会場中に響き渡る轟音。それは裏側にいるクリス達にも聞こえるほどであった。


「しまった。そっちだったか!」


「ちょっと待って」


 焦り向かおうとするクリスの肩にカリンが静かに手をかける。


「クリスさんは他にやることがあるでしょ? 向こうは大丈夫、彼がいるから」


 カリンの言葉に自分が最初に協力を仰いだ存在のことを思い出し、任せても大丈夫だと悟る。


「分かった。本命は君達に任せる。僕達は避難誘導に回るよ」


 こういう時、求心力を持つ者が指揮するのが一番良い。国王は避難優先のため、この場合、王子であり状況も理解しているクリスが最も適している。


「では、私も殿下と共に参りましょう」


 ジオンは体を隠す黒のローブを脱ぎ去り、制服姿に戻る。


「じゃあ私は行ってくるね」


 ♢


 〜クリス達が合流する十分程前〜


 俺はステージ上で赤が入り混じる黒髪の男と見合っていた。


 相手の名前はアレス・ドゥ・グランミリタール。グランミリタール帝国が五つの光の内の一つになったのは双子の皇子の中でもアレス皇子の功績が大きいとさえも言われているらしい。


 さっきセシル会長にそう言われた俺はもしかしたら正体をバラされる危険性があると感じてズラしてもらおうと考えていた。


 なのにこうなった。それには理由がある。


 何故かアレスが出てきたのを見るや否やセシル会長がノリノリで俺の名前を書いて提出したのだ。


 曰く、こちらは既に一敗しているため向こうの一番手にはこっちも一番手を出したいとのこと。


 筋は通っているためそう言われたら断れない。それと同時に選考試合を優勝した過去の自分を呪う。


 公爵家の使用人であるため、出るからには下手な結果は残せないと思った結果、決勝戦まで勝ち上がってしまい、こうなった。


 最終戦で負けることもできたが、リア様に失礼である事と公爵家内で八百長をしていると思われるのを避けるために仕方なかったのだ。


 これならばジオンのように決勝戦までに負けておくのが一番賢かった。これが裏工作に慣れているあいつと俺との差だろう。


 そうして俺は今、向こう側の最強と対峙している。


「私が先に出てしまえばお前が出てくると思っていたぞ」


 そうなのだ。こいつは俺達が次の選手を決める前に出てきやがったのだ。


 そのせいで俺が選出されたと言っても過言ではない。


「クロノ、お前の放つ気配には違和感がある。その正体を確かめさせてもらうぞ」


『それでは、決勝戦第二試合、クロノ選手対アレス・ドゥ・グランミリタール選手の試合を始めます!』


 ドカンッ!!


 そう試合開始のアナウンスが告げられた直後、俺とアレスの間に何かがとてつもない破壊音を伴いながら落下する。


「貴様のせいで遅れてしまった! お陰で先に乗り込んだ奴らが既にやられてしまっているではないか色欲!」


「しょうがないでしょー、新しく仕入れたんだから。それに作戦だってあるわけだし、傲慢くん」


 そうして土煙の中から現れたのは筋骨隆々の大男とスラリと長身の女性と見たことのある黒いローブの集団であった。

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