第116話 決勝戦第1試合

「分かっていたさ。Sランク冒険者なんて所詮こんなものだってね」


 氷漬けのライカを見てクレストはそう呟く。基本的に氷は電気を通さない。


 いくらライカが電流を流そうとしてもそれは電気を伝える媒質が存在する彼女の身体の中だけとなる。


 勝ちを確信したクレストはくるりと踵を返すと運営席へと告げる。


「彼女はもう動けない。僕の勝ちだよ」


『あっ、はい分かりました。勝者……』


 アナウンスが勝敗を告げようとしたその時、ライカを包む氷の塊からピシッという音が聞こえる。


「……しぶといな」


 音で振り返り、ひび割れた氷の隙間から水が流れ出しているのを見るなりそう呟く。


ドガンッ!


 次の瞬間、氷の塊が弾け飛ぶ。


「あり得ない。氷で奪われた体温とこの質量の氷を溶かすほどの熱なんて……」


「それが出来るからSランク。あなたには一生分からない」


「ふんっ、そんなものなら分からなくていい。それだけの熱を生み出したんだ。消耗しているのは間違いないだろう」


 クレストの言う通り、ライカの体は先程、電気抵抗によって発生させた熱による衝撃によって疲弊していた。


 頭がふらふらするのをこらえて、ライカは集中する。


「あなたには本気を出さないとダメ」


「なんだい? 負け惜しみかい?」


 ライカが試合に臨んでいることをクレストは知らないが故の疑問。


 しかし、次の瞬間に爆発的に高まったライカの力を目の当たりにしてその言葉が真実であることを知る。


 バチィッ!!


「おっと」


 クレストは迸る雷の衝撃から逃れるためにステージから氷でできた足場へと飛び上がる。


『ら、ライカ選手。それは……』


ドカンッ!

 

 実況のライカを止めに入る声が雷が地面にたたきつけられる音でかき消される。


「あなたは不快。でもこんなに楽しませてくれたのは久しぶり。だから私の本気、ぶつける」


 そう呟くと、雷の力が極限まで集中した手のひらをクレストに向ける。


雷掌らいしょう


 小さな手のひらから放たれる大いなる雷の力。うねりながらもその速さに淀みは無い。その極大な雷のエネルギーに見初められた相手はどんな者でも逃れることは叶わない。


「氷の盾!」


 前方に氷で出来た盾を立てるも、その雷撃には歯が立たず、瞬く間に破壊し尽くされる。


「おい、嘘だろ」

 

そしてクレストは何の対抗策もないまま、その膨大な力の前に立ち尽くす。

 

ズガンッ!


「おいおい、何なんだあの攻撃は」


「地面が抉れてんじゃねえか」


「雷の能力者だろ? そんなのあり得ねえよ……ってマジじゃねえか」

 

「やっぱ俺じゃSランクは到底無理だな」

 

 観客席にいる高位の現役冒険者ですら理解出来ないほどの圧倒的なまでの攻撃力。


 Sランク冒険者の本気というものは最早災害であるということが改めて認識された瞬間であった。


 会場中が盛り上がる中、その尋常なる一撃が直撃したクレストはあまりの衝撃に吹き飛ばされていた。


 誰もがもう終わりだと思っていた時、ピクリとクレストの体が動く。


「……ま、まだ終わりじゃ……ない」

 

「――これを耐えるの。あなたやっぱり面白い」


 フラフラになりながらも立ち上がったクレストを見て、口角が一層上がるライカ。


 次の一撃を加えようと動き出した瞬間、アナウンスが鳴り響く。

 

『えー、ただいまの試合。ライカ選手の違反行為によってクレスト・ドゥ・グランミリタール選手の勝利となります』


「はっ、忘れてた」


 ライカには今回の大会に出場するうえでSランク冒険者が故の二つの縛りがあった。一つ目は「出場は1回のみ」、そしてもう一つは「相手に対して電撃をぶつけるなどの能力による直接的な攻撃をしてはならない(身体能力強化や自身へのバフは可)」である。


 先程の攻撃はこの二つ目の縛りに抵触したという訳だ。


「……どういうことだ?」


 一方は夢中になって重大なことをやらかしているのに今気づき、もう一方は大会のルールを一々確認していないがゆえに知らず、ポカンとする。


「おいおい、今回の闘神祭、どうなってんだよ」


「へへっ、荒れまくりでいいじゃねえか」


 ライカの本気の技を見ることができたためか、観客たちは意外と受け入れが早い。


「てことでじゃあ」


 そう言うとライカは陣地の方へと戻っていく。


「ごめん皆。忘れてた」


「そんな気はしてたよ」

 

 クロノがため息交じりに言うも、それ以上追及することはない。ライカがやりすぎるのはいつもの事だと知っているからである。


「ふふっ、まさかですけど。面白いから大丈夫ですよ」

 

「Sランク冒険者とはあれほどの力の持ち主なのか……。ガウシア様と仲が良いと聞くし、もしかするかもしれませんね。マークしておかないと」


「どうかしましたか? ヘルミーネ」


「い、いえ、独り言でございます」


「そ、そうですか」


 食い気味に否定するヘルミーネに少し怯みながらガウシアはそう返す。


 こうして何かしらの思惑をはらんだまま、決勝戦第1試合は幕を下ろすのであった。 

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