第111話 欠場

「ど、どうしたの? クリス君!?」


 クリスがステージから帰ってくると開口一番にセシル会長が問いかける。それもそうだろう。クリスは闘神祭の中では双子皇子と並んで目玉級の人物だ。そんな奴が戦いを途中でやめて降参したのだとしたら期待外れも良い所である。


 どうしたのか、と問いかけるのは当たり前だ。


「すみません、セシル会長。私の能力では彼女を倒しきることが出来ないとわかっている上で戦いが長引きそうでしたので降りました……それと皆には聞いてほしいことがあるんだ」


 セシル会長の問いかけに対してにこやかに答えた後に、全体に向かってそう話しかける。


 まあ、事情を知っている俺はある程度察しはつくが……。


「次で決勝という事で本当に申し訳ないんだけど少し用事が出来てしまってね。私はここで離脱させてもらうよ」


「えっ? もう試合には出ないのですか? クリス殿下」


「そうだね。本当に申し訳ない」


 ここでクリスが欠場するのは大方分かる。恐らく、先程の理由もあるんだろうが、一番の理由はあの3人組の怪しい集団に何か嫌な動きがあったという事だ。


「では、皆陰ながら応援しておくよ。運営には私から伝えておくから」


 そう言うとスタスタとリア様たちの間を歩いていく。そして最後尾にいる俺のところまで来た時、少しだけ立ち止まる。


「今さっきあの熱気に紛れて奴等がバラバラに行動を始めた。私はジオンとカリンさんと三手に分かれて奴等を追いかけるつもりだ。クロノはここに残って引き続き試合を続けてくれると助かる。後のことは君に任せるよ」


「ああ、分かった」


 それだけ言うとクリスはコミュニティカードを取り出しながら足早に部屋の外へと出て行った。恐らく二人と連絡を取るのと、国王へと報告をするのだろう。


「クロノ、何隠してる?」


「ん? いや何も隠してないさ」


 前、俺のことを黒の執行者じゃないかと疑惑の目を向けてきただけあって、ライカは鋭い。俺が何も隠してないと言ってもそれを信じ切る様子はなく、逆に疑いが強まっている気がする。


「……いや、もう話しても良いか」


 ここまで来たら最早隠し通す必要は無い。クリスが動き出したという事はつまり魔神教団も動きを見せたという事。恐らく、観客席から裏へと移動していったのだろう。


 ということは俺達が最初に恐れていた、注目すれば隠れてしまい監視することが出来ないかもしれない、という懸念が無いわけだ。


 後のことは任せる、という言葉はつまりそういう事だったのだろう。


 俺はためらうことなく、クリスから聞いた話をみんなに打ち明ける。


「また魔神教団なのね」


「はい。この大会に集まる能力者たちの能力強度が目当てなのではないかということらしいです」


 この大会に来るのは生徒達だけではない。将来有望な生徒達を引き抜くために各国からトップクラスの現役の戦士たちが集っているのだ。


 それを一網打尽にするつもりなのだろう。


「でも能力強度を集めるっていうのが謎。どういうこと?」


「俺もよく分からない。なにかしら得体のしれない力でも使ってるんだろう」


 魔神族の中でも特に力が強い七罪魔王の姿を思い出す。その中の嫉妬、憤怒、暴食だけは未だにどこかで潜伏しているのが分かっている。いずれかがその得体のしれない力の正体なのだろう。


「にしても能力強度を集められるというのが厄介だ。前例も何もないからどういう事をしているのかが分からない」


「またあの人達なんだね」


 セシル会長が心配そうにポツリと呟く。ガウシアは無言で何かを真剣に考えこんでいる。


「まあ、クリス達に任せて今は試合に集中しましょう。あっちにはカリンもいることですしたいていの事は何とかなるでしょう」


 ここでふとガウシアの方を見ると顔がこわばっているのが分かる。ガウシアの頭の中は今アルラウネ学院と魔神教団のことでいっぱいになっているのだろうということが分かる。


「試合直前にこんな話をしてすまなかった」


 明らかに考え込んでいる表情のガウシアに謝罪する。試合前でしかも特別な事情を抱えているガウシアに対してこんな話をするのは申し訳なかったな。反省した。


「いえ、気にしないでください。魔神教団が襲ってきた時に黒の執行者様が現れてくれるのではないかとイメトレをしていただけですので」


 うん、心配して損した☆


『それではガウシア・ド・ゼルン選手とヘルミーネ・アーレント選手はステージへとお上がりください』


 クリスが途中欠場したからか少し長い休憩時間の後にそうアナウンスが聞こえてくる。


「それでは行ってきます!」

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