第112話 怪しい動き
黒いローブを身に付けた男が、試合が始まり閑散とした廊下を1人歩いている。
「ちょっと止まってくれる?」
次第に速度を上げ、男が少し小走りになった時、後ろから声がかかり、排除すべく足を止める。
そしてその声の主に男は少し驚く。
「……クリス・ディ・メルディン」
「流石に私の名前は知ってくれてるんだね。それでそっちは私の父上がいらっしゃる所だけど何かする気かい?」
そう問いかけるクリスに対して男はニヤリとほくそ笑む。
「いや、今目的が変わった。出てこい!」
そう言うと男の周りの影からゆらりと同じ格好をした者達が20名ほど現れる。
その中には明らかに上位と思しき存在が3名ほど見える。
「ふふっ、司祭様、運が良いですね。まさか王子自らが飛び込んできてくれるとは」
3人の上位の存在は全て魔神教団の司祭である。司祭の戦闘力は大体二桁順位の能力者くらい。
それが3人もいるのだ。一見、クリスには不利かのように見えた。
しかし、クリスはニコニコと余裕そうな笑みを浮かべている。
「何を笑っている?」
「一人で来たことを後悔して絶望しているのだろう。大方、史上最強の王子と呼ばれて浮かれていたのさ。所詮はガキだ」
「好き勝手に言っているようだけど、私は一人だとは一言も言っていないよ」
そういうとクリスは指を打ち鳴らす。
「愚かだな。殿下には私達が居るというのに」
「殿下〜、剣渡しときますね〜」
「おー、ありがとう。カトリーヌ」
「えへへー、どういたしましてー」
「カトリーヌ! 殿下に対してその口の利き方はなんだ!」
「別に良いでしょー。リュークが堅すぎるんだよ」
「何を!」
「ハイハイ、二人とも喧嘩しない」
どこからともなく二人の男女が姿を現す。グレイス副隊長のカトリーヌとリュークである。
「何を言い出すかと思えば雑魚が二人増えただけか」
「そんなこと言って私達が近くに居たっていうのに全然気が付かなかったじゃない」
カトリーヌの指摘に反論できないのか黒いローブの男は押し黙る。
「ガキが」
「頭の悪い奴には勉強させないといけないわね」
完全に臨戦体制に入ったカトリーヌの殺気はいくつもの死線を潜り抜けてきた凄みがある。
「私からも言わせてもらうよ。君達が何をしたいのかはよく分からないけど……」
そこまで言うと先程までニコニコと温かかったクリスの表情が一瞬で不気味なほどに冷たいものに変わる。
「この大会には魔神族との戦いで傷ついた人々を勇気づけ、希望を示すって意味がある。それを邪魔する貴様らはこの世に要らない。死ね」
抑揚のない言葉で紡がれているからこそ放たれる威圧。それは味方であるカトリーヌやリュークにすら身の毛がよだつほどの恐怖を植え付けるほどであった。
「史上最強の王子の力を見せてあげるよ」
♢
同時刻、カリンもまた別の魔神教団と対峙していた。
クリスの時と同様、影の中から20数名が現れ、カリン一人を囲んでいる。
「その能力、思い当たるところがあるね。まさかそこまで落ちてるとは思わなかったよ」
カリンは腰に差している刀の柄を握りながら幼少期から共に過ごした男の事を思い返す。
勇者の一族がそこまで落ちぶれたのかとより一層失望する気持ちと、離れてよかったという安堵感が入り混じった複雑な感情がカリンを襲う。
寂しそうなそしてどこか儚い顔をした少女の体中から赤黒いオーラが立ち上がる。
「ま、まさか貴様は!?」
「気付いていなかったんだね。そう、私はカリン・
そうして勇者のオーラを纏った黒刀を引き抜き、魔を呼び寄せる者達に切りかかる。
♢
「止まれ」
黒いローブを着た男は突如として真後ろから聞こえてきた殺気の籠った声に思わず閉口する。
「そこより先はゼルン女王陛下がいらっしゃる。引き返せ」
トンッと背中に当たる冷たい感触。気配すらも感じさせることのないまま既に勝敗が決していたことを男は本能で理解する。
「い、いつから」
「……」
男の怯えた声に返答はない。後ろから忍び寄った黒い影、ジオン・ゼオグラードは只、男が引き返すか否かの回答を待っていた。
「わ、分かった。引き返す! 引き返すから武器をしまってくれ!」
スウッと背中に当たっていた感触が消えたことを理解した瞬間、男の顔には嘲るような笑みが浮かんでいた。
「馬鹿め! まんまと騙されやがったな!」
そうして男はバアッと思い切りその場を離れ、影の中から20数人にも及ぶ仲間を召喚する。
「何が王国の影だ! 所詮は馬鹿の集まりじゃないか!」
フフフッ、フフフッと静かな笑いが魔神教団の司祭たちの間で交わされる。しかし、笑われている当の本人はというと黒いフードを被り、顔も見せないままに静かに立ち尽くしている。
目の前で何もせず、何も語らない者を見て、次第に教団員たちの間で不安感が募っていく。そして、少ししてその者が片手をあげて一言つぶやく。
「
その一瞬、本当に一瞬の間に最初の者以外の全ての教団員が綺麗な氷像と化す。
「は?」
一瞬にして仲間を皆、戦闘不能にされた男はしばしの間意味が分からずに口を大きく開けたままポカンとする。
それもそうだろう。教団員の中には順位が二桁級の司祭が3人も居たのだ。さらには他の者も教団の中でも優秀であったからこそ此度の戦闘で選ばれた。それを一瞬のうちに、なんの苦もなく目の前の存在は再起不能にさせたのである。
「外れだったな、その答え」
「ひ、ヒィッ!?」
一体誰がこんな化け物に勝てるのかと、男は自分の不幸を呪う。
男はその恐怖に引きつらせた顔のまま綺麗な氷像となったのである。
「消すか」
そしてその惨劇を作り上げた当の本人は何の感情も無く、ただ作業のようにその氷像を砕き証拠を隠滅していくのであった。
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