第110話 クリスの試合

 ~時はクリスがステージに上がったところまで遡る~


 『皆様、お待たせいたしました! 我が国史上最強の王子、クリス・ディ・メルディン選手対アジャ・バラガン選手の試合を始めます! それでは始め!』


 アナウンスと同時に割れんばかりの凄まじい歓声が会場中を震わせる。


 今大会の見せ場だとでも言わんばかりの声援の中、当の本人はジーッとある一点を見つめていた。


「どこを向いている?」


 全く以て試合に集中した素振りを見せないクリスに対して銀色の長い髪の毛をたなびかせながらアジャが問いかける。


「少しね」


 クリスが見つめていた先にはカリンの姿がある。そしてその視界の端にはクロノから伝えられた3人の姿があった。


 悟られないようにあえて直視はせず、そして逃さないようにしていたところを指摘されたクリスはこれ以上相手選手からアクションを起こされては教団の者にもバレてしまうかもしれないという懸念から構えをとる。


「君の能力強度じゃ無理だね」


「なっ、い、いきなり何を言い出すかと思えば!? 許せん!」


「ん?」


 何がアジャの気分を害したのかを理解できないクリスは首を傾げるも数瞬の間にアジャが飛び掛かってくるのが見える。


蜘蛛の網スパイダーネット!」


 彼女の両手から広げられた細々とした糸が身動きを封じようとクリスの身に降りかかってくる。


 しかし、クリスはそれに動揺することなく右手を前に突き出し呟く。


「封じておくよ」


 その瞬間、彼女の繰り出した蜘蛛の網が根元から切れてしまい、使い物にならなくなってしまう。


「……噂通りの能力だな。ただ私が聞いた話では能力の一切を封じることができるということだったが?」


「それは噂が独り歩きしてでかくなってしまっただけさ。私の能力の『封印』は能力強度に一定の差がなければそんなことはできないな。そんなことが無制限にできていたら学内の選考試合で優勝しているはずだろう?」


「そんなに話して大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。どうせ能力の事を知ったところでどうにかなるわけでもないしね」


「だから私を甘く見るなと言っているであろう!」


 そう言いつつ、アジャはクリスの言葉に少しだけ違和感を覚えていた。どう考えても自分の事を嘗めているとしか捉えられないような言動を繰り返すにもかかわらず、その目は馬鹿にする者のそれではなかったからだ。


 まるで何もかもを計算しつくしているようなそんな不気味さがクリスにはあった。


 アジャはそんな違和感を試合中だからと一蹴し、次の攻撃に集中する。技を使うたびに封印されてしまうのならば、技を使い続ければいい。


 そうすればいつかどこかでほころびが生じる筈だ、そう胸に秘めてアジャは自身から生み出した糸を使って作り出した鞭を片手にクリスの方へと駆けていく。


大鞭ビッグウィップ!」


 風を切る音を鳴らしながらクリスの下へと迫っていく。アジャはこの技でAランクの魔物程度ならば切り捨ててきた。普通の者ならばその勢いに怖気づいてしまう事だろう。しかし、クリスはそれにも動じずただじっと明日の方向を向きながら一言こう呟く。


「封印」


 その言葉だけでAランクの魔物をも切り捨てる奥義は消え去ってしまう。しかし、このことを予期していたアジャは既にもう一つの大鞭を作り出し、同じようにクリスに向けて振りかざされていた。


 そのやり取りが何度も続いていき、しまいにはヒートアップしてきたところでクリスがスッと片手をあげる。


「聞いてほしいんだけど」


 試合中とは思えないその突飛な言葉にアジャは動きを止める。


「何だ?」


「いやね。最初に言った通り、君の能力強度じゃ私の能力で封印するのは無理だ。かといって君も私に対して有効打はないよね?」


 ちらりとアジャの方を見ながらクリスはそう告げる。しかし、その視界の端には怪しい3人組が散り散りになろうとしている様子が確かに納められていた。


「だから私はここで宣言する。降参します」


「は?」


「「「「ええええええええッ!?」」」」


 待ちに待った目玉試合。その試合でまさかの主役が自ら敗北を宣言するという奇異な状況に陥ったことにより観客を含むすべての者が驚きを露わにする。


 メルディン王はまたやりおったか、と呟き額に手を当て、ゼルン王は愉快そうに声を出して笑っている。


 そして当の本人はというとどこか一点を見つめながら静かに頷くとその場から去るのであった。

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