第109話 天才と努力
試合が終わったというのに先程の様な盛り上がりはない。観客たちからすると理解が出来なかったからであろう。
確かにダゴベルが姿を消したというのにその姿を暴いたというのは凄いと分かるのであろうが、基本的に遠めから見れば俺の攻撃は地味なものだったからである。
一応、黒いオーラを纏ってはいるがよくわからない破壊のオーラをぶつけ、最後には相手の額に手を付けただけである。派手なことは一つもしていない。
やがてパラパラとまばらに聞こえる拍手を背にして俺はステージを後にする。
「お疲れ様」
「お気遣いありがとうございます、リア様」
「それにしても観客の方々の反応が薄いのが気になるわね」
「仕方ありません。あまりにも華がありませんでしたから」
不満そうにするリア様を宥める様にして言う。そもそも俺は闘神祭で目立とうと考えてはいない。公爵家の使用人として少しでも箔をつけようと思っているだけなので、寧ろ極力目立たないようにしたいのだ。
特に今回は黒の執行者の能力を遠巻きにでも見ている可能性が高い人たちが多い。気を付けなければ。
グランミリタール帝国の黄金騎士団、ゼルン王国の女王の周りにいる近衛隊、その隊長は今いないようだが。後は冒険者達とそのトップの総本部長か。
強者たちの顔を思い返す。まあ、基本的に本気で戦う時は一人だったから少しくらい本気を出しても大丈夫だろうが。
「3試合目はようやく私か」
ゆっくりと椅子から立ち上がるクリスにそっと耳打ちする。
「2階席に黒いフードを目深に被った怪しい3人組がいる。お前の目で確かめてどうするか判断してくれ。一応、カリンには張ってもらっている」
「なるほどね。分かった」
すれ違う一瞬の間に交わされた会話。声量も抑え目に早口で話したにも関わらず一瞬で了解を示す。
そうしてステージ上へと上がっていく。
クリスの登場に先程まで少し収まっていた会場の熱気が再燃する。
開催国なだけあってメルディン王国からの観客が多い。待ちに待った史上最強の王子様がやっと出てきたのだ。
そりゃあ、期待度も高まるというわけだ。
「凄まじい人気ね」
「クリスさんはゼルン王国にも名を轟かせるほどですからね。容姿端麗、頭脳明晰、そして実力はメルディン王家史上最強ですし」
身近にいる身からは変人というたった一つの長所によって全てを消し去っているんだから凄いよな。
遠目に見ればその変な所も全てミステリアスに変わる不思議な魔力がある。
『皆様、お待たせいたしました! 我が国史上最強の王子、クリス・ディ・メルディン選手対アジャ・バラガン選手の試合を始めます! それでは始め!』
大会運営の熱量も先程より上がっている気がする。余程期待されているのだということがその声質から判断することができる。
「出場するのはヘルミーネ・アーレントじゃないんだな」
3試合目までに実力が一番高い選手がくる傾向にあるこの闘神祭において一番実力のあるヘルミーネ・アーレントを出さずに残しておくという思い切った判断はそうできない。それほどに自分たちの実力に自信があるのだろう。
まあ、俺達も最初の試合に優勝した俺や準優勝のリア様を出していない時点で人の事を言えないわけだが。
ちらりとガラス張りのVIP席に座しているクリスの父親、つまりこの国の王の方を見ると、微笑ましそうにクリスの方を眺めている。時折、横に座っているゼルン王国の王、ゼクシール陛下に向かって嬉しそうに話している姿が見える。
息子の晴れ舞台を楽しみにしているのだろう。
対するクリスはというと相手選手が放つ白い糸の様な物を躱しながら、視線は観客の方に向いている。敵に悟られないようにほんの僅かな仕草だけでそれを成し遂げているのだ。流石は史上最強の王子と言ったところだろう。
「クリス君の能力の『封印』って結局どういう能力なのかしら? 前はエリク君の能力を触れもせずに完封していたけれど今回はそうでもなさそうだし」
「前回、殿下が完封できた理由は単純に能力強度にかなりの差があったからですね。闘神祭にはそんなに差が開いている人はいないと思うのでああいう戦い方になるのだと思います」
リア様は詳しいのかクリスの戦いを見て不思議そうにつぶやいたセシル会長に丁寧な解説をされる。
「そうだったんだ」
セシル会長は納得した様子でリア様の説明に頷く。
「だからクリスは武術が好き?」
クリスの一挙手一投足を具に観察していたライカがリア様に問いかける。
「う~ん、私はあんまり詳しくないからわかんないかも」
「まあ、リア様は天才型ですからね。言われたらすぐにできてしまうタイプの」
「て、天才ってほどのものじゃないけれど……」
メルディン王国では貴族の世界において武術や剣術は教養として教えられる。俺はエルザード家である程度は嗜んできたためそれなりに知識はある。
俺から見たリア様は率直に呑み込みが早い上に自分の技にするのも早い。だからこそ天才型。対して、クリスの武術には一つ一つ丁寧に磨かれている印象を受ける。
「クリスの場合、自分と能力強度の差があまりない、あるいは高い者と戦う時、基本的には自分の基礎戦闘力だけで戦わないといけない。だからこそライカの言う通り、武術の鍛錬を怠らないんだろうな」
もちろん、剣術も含めてだが。
「なんだかクリスさんの事を誤解していたみたいですね。真面目だとは思っていたのですが、やっぱり少しおかしなところがありましたので……」
ガウシアが見直したというような感想を述べている中で、突如として相手選手の猛攻を捌いているクリスの両手が挙がる。
「降参します」
うん、人が褒めているそばからまた意味の分からんことを言いやがって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます