第108話 認識
「お見事です。リア様」
「まあね♪」
颯爽とステージ上から帰ってこられるリア様にねぎらいの声をかけるとさも当然でしょ、と言いたげな顔でそう返される。
「次はクロノさんですね。頑張ってください」
「ああ、頑張るよ」
「クロノ、手加減の具合、気を付けて」
「分かってる」
軽口をたたきながら俺の名前が呼ばれるのを待つ。正直、こんな大舞台に立つのは気が引ける。今まで、どの出場者も家名があった中で俺だけ無いしな。いや、厳密にいえばあるんだが、剥奪されたしな。
さて、どういった反応になるのか。
「緊張してるの? 大丈夫! 自信もって! クロノ君は強いから」
そう身構えている俺の下にセシル会長がエールを送ってくれる。自身も緊張していたことから同じような状態に陥っている俺に対して励まさずにはいられないのだろう。
ありがたい。
そうして気を引き締めている俺の耳元にクリスがそっと口を近づけてくる。
「クロノ、ステージから怪しそうな奴がいたら覚えておいてくれ。私の出番はまだらしいからね」
「了解だ」
少し試合に出たそうにしているクリスにそう返す。確かに怪しい奴を探すのはステージ上がうってつけだからな。
『それでは第2試合を始めます。クロノ選手とダゴベル・アンデルバッハ選手はステージへとお上がりください』
「では行って参ります」
「行ってらっしゃい」
リア様含むメルディン王立学園の皆に見送られながらステージ上へと足を踏み入れる。
上がった瞬間、ワアッと冷めやらぬ観客の声援に包まれ、一瞬、夢の世界にでも迷い込んだかのような気分に陥る。
「ふむ、緊張しているようだな」
やや挑発気味にアルラウネ学院の選手であるダゴベルが俺に話しかけてくる。
「いや、なに。熱気に気圧されただけさ」
そう言ってちらりと観客席のある一点を見つめ、少し頷く。
先程、クリスに確認を取ってからあのことをカリンにも伝えておいたのだ。俺が連絡出来て信頼できる奴の中で唯一、自由が利くからな。
「なんだ、そんなことか。なら心配するな」
そう言うと、バッと大仰な構えをとって言い放つ。
「一瞬で終わらせてやっからよ」
『それでは両者準備が整ったようですので、試合を始めさせていただきます。第三試合、クロノ選手対ダゴベル・アンデルバッハ選手の試合、始め!』
そう言った瞬間、俺の目の前からダゴベルの姿が消える。一瞬で移動したわけではなく、文字通りその場で姿が消えたのだ。
「へえ、そういう能力か」
こりゃまた便利な能力を持ってることで。
「……余裕ぶってると痛い目をみるぜぇ?」
背後からどすの利いた声が聞こえる。どうやらあまり頭は良くないらしい。
「せっかく姿を隠しているのに声を出しては意味がないと思うぞ」
そう言いながら後ろに向かって裏拳を繰り出す。
しかし、その拳には当たった感触が無い。
「外したか」
かなり自信を持って打った一撃だったので、少し驚く。
少しして、真横から気配を感じ、手を伸ばす。
するとパシッという軽い音と共に今度はダゴベルの手首を掴むことに成功する。
それと同時にダゴベルの姿が現れる。
「なるほど、触れたら一回能力が解ける感じか」
「くっ」
俺がパッと手を離すとダゴベルは俺から距離を取るようにその場から飛び退く。
「聞いていた話と違う! お前はあの公爵令嬢が目立つのを嫌がって立てられた影武者じゃないのか!?」
「ん? 何の話だ?」
「メルディン王立学園の奴に聞いたらそう言っていたんだ! お前は別に強くないって!なのに今、俺の攻撃をあっさり止めやがった!」
あー、俺の事を優勝者として認めないって言ってた貴族どものことか。なんだ、あいつら意外と役に立つじゃないか。お陰で勝手に油断してくれた。
だが、一つ気に入らない事があるな。
「まあ、そんなホラ話を信じる時点でどうかしてるがな。自分の国でやるこんな大イベントに水を差す公女殿下がどこにいるってんだ。それにリア様はそういう思惑を嫌う。そこら辺の俗物と同じにしないでもらえるか?」
第一そんな小賢しい事をこんな大イベントで考えてんじゃないよ、まったく。
「くそっ!」
悔しそうに歯を食いしばりながらダゴベルはまたその場から姿を消した。
「さあ、今度はどこから来るか分かるか?」
また背後から声が聞こえてくる。
「ブレイク」
「ぐわあっ!」
俺は迷わずに前方に破壊の波動を放つ。すると、すぐ近くにダゴベルの姿が現れ、その場にくずおれた。
「……な、何故分かった?」
「別に確証は無かったが、相手に対して姿だけじゃなくて声の認識も変える事が出来るんじゃないかと思って試したんだ。ほとんど勘だな」
「か、勘で破られてたまるか!」
そう言うとダゴベルは再度姿を消し、襲いかかってくる。
「ブレイク」
「カハッ!」
それを先程と同じように前方へ破壊の波動を放つことにより姿を露わにする。
「こ、こうなったら!」
「いや、もう遅い」
ピトリと俺の掌が倒れているダゴベルの額へと触れる。
「お前の能力は他人に触れられると意味を無くす。つまり、チェックメイトだ」
「カッ、ハッ」
俺の掌から破壊の衝撃がダゴベルの身体中へと行き渡り、やがてダゴベルは意識を失う。
『勝者、クロノ選手!!』
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