第94話 結末
孤児院の中に入ると、異様な雰囲気を察したのか子供たちが起きていた。
「カトリーヌ、子供たちを頼む」
「任せて。あのおばさんは2階だから」
「分かった」
「はいはい、みんなー、お姉さんに付いてきてねー」
惑う子供たちをカトリーヌに任せて俺とライカは2階への階段を駆け上がっていく。
「リアとカリンに言わなくてよかった?」
階段を駆け上っている間にライカがそう問いかけてくる。正直、それについては迷った。まさかこんな大胆な手段に出るとは思っていなかったため、当事者でもある二人にこのことを話すべきだと思いつつもその余裕を作ることが出来なかった。
「二人には後で言えばいい。今は彼女を止めるのが先決だ」
こんなにすぐに行動するとは思っていなかった。だからこそグレイスに頼んで張り込んでもらおうと考えていたのだから。
俺達が二階にたどり着いたと同時に衝撃音が鳴り響き、部屋の扉が吹き飛ばされる。
そして中から出てきたのは昼間に見たあの優しそうな見た目のキャルティさんではなく、腕は人間とは思えないほどに変形しており、半分ほどが魔物に変化している姿であった。
「子供たちの時と同じ状態か?」
「まだ完全には魔物になってないみたい」
理性というものが宿っているとは思えないそのうつろな表情がこちらをゆっくりと向く。
『フシューッ……』
口が開いて聞こえてくる音は人の声ではない。まるで空気が漏れたような微かな音が聞こえてくる。
「変わり果てた姿……あなたはどうしてそうなってしまったの?」
昔のことを思い出しているのだろう、ライカの表情にはわずかな変化が見られる。
そこで俺はふとあることを疑問に思う。
何年も前の話とは言え、自分が院長を務めていた孤児院の子供であるライカの姿を見ても何も思い出さないものなのだろうかと。
特にライカの髪の毛は白髪と、中々に珍しい色をしており、覚えていてもおかしくないはずなのである。
これも魔神教団とのかかわりのせいなのだろうか。
なんにせよ、小さな村の孤児院の元院長が魔神教団とのかかわりを持ったことについても疑問はある。
「クロノ、彼女を止めるのは私に任せて」
「分かった。だが危ないと判断したら遠慮なく手を出すからな」
今回、俺がライカに付いてきた理由は口下手な彼女の代わりにキャルティさんと話をすることだったのだが、大きく役目が変わってしまった。
「ありがとう」
今、ライカの背にはトールは無い。
使えるのは雷の力だけ。
シュウウウッ……
「あの時は優しかったよね。いつも私達と遊んでくれて。私は院長のこと、好きだった」
ライカの体が徐々に雷に覆われていく。能力を発動させたことにより、感情が高ぶった彼女にはいつもよりも饒舌な語りと悲しみの表情が生まれる。
キャルティさんはライカの語り掛けに答えるようにしてその魔物化した腕を振りかざしてくる。
ライカはそれをあえて避けることなく、雷を纏った腕で受け止める。
「くっ……」
苦悶の表情を浮かべながらもその手を離すことはない。
「感謝の気持ちは今もある。あなたがいてくれたおかげで私は生きてこられた。子供たちのご飯のために自分のご飯を削ってくれていたのも知ってた」
キャルティさんは掴まれている腕とは違う方の腕を構え、正拳突きを繰り出す。
細い腕とはいえ、その腕は魔物化した者の腕であり、既に常人の域を脱したほどの強靭さを持った腕である。
小さな体はその破壊力に耐え切れず、激しさを伴って吹き飛ばされていく。
「ライカ!」
俺が思わず手を出そうとするが、ライカが片手をあげてそれを制止する。
「もう少し待って。私は大丈夫だから」
その言葉通り、体に覆いかぶさっている瓦礫を押しのけ、軽々と起き上がりまたキャルティさんの方へと向かっていく。
その時、俺はかすかだがキャルティさんの振る舞いに違和感が生じたのを見逃さなかった。
後退るような足の挙動、それはまるで何かから逃げ出そうとしているかのようで。
「あの時は驚いたしあなたに失望した。まさか自分が奴隷商に売られるなんて思わなかったから」
そうだったのか。俺はライカの発言のことを知らなかったため、壮絶だったであろうライカの過去を勝手ながらに思い浮かべる。
「でもあの後思った。あなたは純粋だったから、人を疑うということを知らなかった」
徐々に近づいていくライカに対してまるで怯えるかのようにして体を縮こまらせ、一切攻撃をする素振りすら見せないキャルティさん。
「あの困窮した生活の中でまともに考えることができなくなったから、純粋なあなたは奴隷商なのかどうかも考えずに騙されて私達を送ったんだと思う」
ライカがそこまで言った中で、俯いているキャルティさんの口が少し動いているのが見える。
「でも今回のことは許されないこと。私達にしたことよりもずっと酷い。最初はあの優しかったあなたがやったと確信が持てなかったから疑いはしたけどみんなの前で言わなかった。それが確信に変わった今、あなたに言えることは一つだけ」
怯えるキャルティさんの目の前に来て、その異形となってしまった体を強く抱きしめるとライカはこう言う。
「もう一度あの時の優しかった院長に戻って」
その瞬間、驚いたことに魔物化して理性を失ったと思っていたキャルティさんの目から涙が零れ落ちる。
そして、先程から小さく動いていた口でつぶやいていた言葉がようやく聞き取ることのできる音量になる。
それは……『ごめんね』であった。
その言葉が聞こえた瞬間、魔物化した腕が自身の体を貫き、そのままキャルティさんの体が倒れる。
「院長……?」
突然の出来事にライカも俺も反応が遅れる。急いで救命活動を行うが、結果的に彼女の意識は途切れた。
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