第93話 キャルティの過去②
「院長! 大変です! 子供たちが!」
「どうしたのですか?」
子供たちをあの男に預けて数日が経ったある朝、子供たちがもう寝てしまった時間帯に仕事をしていたキャルティの下に一人の職員が息を切らして走ってくる。その胸元には前見送ったはずのライカが抱かれていた。
ただ事ではない気配を感じ取ったキャルティは真剣な面持ちで立ち上がり近くまで歩み寄る。
「どうしたもこうしたもありませんよ! あなたが子供たちを引き取らせたあの男は! アイゼンは奴隷商人だったのですよ!」
「なんですって!?」
職員のキャルティを見る目が針のように鋭い。
「先程、私の家にライカちゃんがこのようなボロボロの姿で現れて真実を語ってくれました。あなたは百万ゼルを受け取り、それと引き換えに子供たちを引き取らせたと! 寝たふりをしたときに聞いたそうです。院長、それは本当なのですか?」
刃のように鋭い職員の言葉がキャルティに突き刺さる。そして、その刃はキャルティの心の奥深くにまで潜り込もうとしていた。
(あの方が奴隷商人? 私が百万ゼルで子供たちを売った?)
あの時感じた嫌な予感がまさに的中した瞬間であることをもう一人のキャルティが冷静に冷徹に判断を下す。
“あなたは愚かなことをしたのだと”
「私はできるだけ協力者を集い、あの奴隷商人に子供たちを解放するように掛け合おうと思います。院長は受け取った百万ゼルを今すぐ出してください」
「わ、私も向かいます」
「ダメです。あなたは信用できない」
かろうじて絞り出したか細い声は断固とした強い声によって消し飛ばされる。
キャルティは自分には何もできないのだと理解し、隠していた百万ゼルを差し出す。
「……私になにかできることはないのでしょうか」
「あなたにできることは、なすべきことは子供たちの無事を祈ることだけです」
そう言うと、キャルティのもとから職員が走り去っていく。
職員に大事に近くのソファに座らせられたライカの顔を見てキャルティの瞳から一筋の光が流れ落ちる。
「ごめんなさいね。私が不用心だったばかりに、私が欲に目が眩んだばかりに」
後悔してもしきれない。キャルティの胸が自責の念で覆い潰されていく。
♢
後日、職員たちと村人たちの尽力によってなんとか子供たちは孤児院へと返された。しかし、子供たちが受けた傷は大きく、引き取られる前は一番明るかった少女、ライカは嘘のように感情を表に出さなくなった。
そして、この一連の出来事を引き起こしたキャルティ院長は孤児院からだけではなく村民からも出ていけと言われ、それを甘んじて受け入れ、1週間後には村を出ていった。
――月日は経ち、子供たちを売ってしまった自責の念によるやる気の低下と魔神族との戦いによる国の疲弊により、キャルティは困窮した生活を送ることになる。
なんとかして食いつないでいたキャルティのボロ小屋の下に怪しげなチラシが届く。
最初は不審がって捨てようとしていたキャルティだが、見出しに書かれていた文字が気になり内容を読む。
『子供たちを奴隷商に売った孤児院の元院長さん』
その文字を読んだ瞬間、ドクンと鼓動が大きく跳ねる。
何故知っているのか、その疑問だけがキャルティの頭の中を回っていく。
その続きにはこう書かれていた。
『そのことを悔い改めたいとお思いなのでしたら偉大なる魔の神にその悪魔の本性を捧げてみてはいかがでしょうか?』
キャルティはその文章を見てすがりたい気持ちでいっぱいになる。長い間、自身の心を蝕んでいた罪悪感から解放されるのではないかという希望を持ってしまう。
最早、キャルティの頭には魔の神という不吉な言葉は消え去っていた。
「……これで許していただけるのなら」
そこからのキャルティの行動は早かった。翌日にはチラシに書かれていた場所を訪問していた。
その場所というのは人気のない路地裏を進んでいき、その先にある階段を下った先にあった。
キャルティはその場の異様な雰囲気に押しつぶされそうになりながらも勇気を振り絞り重い鉄の扉をノックしようとした。
「ふふっ、あんな簡単な文言で来るくらいだから騙されるのよ♪
後ろから女性の声が聞こえたと思ったらキャルティは次の瞬間には意識を失っていた。
「さあ、起きて。他人の能力の価値を見出すその希少な能力。思う存分、教団のために使ってもらうわよぉ」
その女性の言葉で意識を取り戻したキャルティの目は先程まであった生気が宿っていない。まるで人形のような。
「畏まりました」
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