第92話 キャルティの過去①

 キャルティは元々、穏やかで優しい孤児院の院長であった。


「ねえ、院長先生。遊んで」


「はいはい、良いですよ」


 孤児院の庭で子供たちが彼女に群がる様子はその町のいつもの光景であった。


「キャルティさん、今日も大変だねぇ」


「これが生きがいですので」


 笑って声をかけてくる村人たちからの声に微笑んでそう返すキャルティ。声をかけてきた男性は今は忙しいのか声をかけるだけだが、暇なときは子供たちの相手をしてくれる村人の一人であった。


 キャルティはこの仕事を天職だと思い、毎日毎日身を粉にして子供たちの世話をしていた。孤児院には他にも職員はいるのだが、それでも一人一人のやることは多かった。


 特に院長のやることは多い。


 村を練り歩きお金の無心をしたり、子供たちを引き取ってくれる人を探したり。


 そして現在、キャルティの頭を悩ませている問題があった。それは貯金額である。


 孤児院の資金源はキャルティが昔稼いだ分と村人たちからの寄付のみであった。今まではそれで成り立っていたのが魔神族との戦いが始まり、それも苦しくなってきたのである。


 こうやって子供たちと遊んでそのことを一時は忘れていても一人になればまた思い出し、頭を悩ませる。


 世界が困窮している中で今更働き口など見つからない。


 そうして頭を悩ませているキャルティの下にある日、裕福そうな見た目をした男性が訪れた。


「すみません。院長にお話があるという方がいらっしゃったのですが」


 子供部屋に居るキャルティに職員がそう声をかける。


「ごめんなさいね、ちょっと用事ができたみたい」


「えー、早く帰ってきてね」


 白髪の少女の不満そうな声に微笑みかけてから、訪問してきた人物の下へと向かう。


「えーと、私が院長ですが。あなたは?」


「あ、申し遅れました。私、少し商売をやっている者でして」


 そう言って一枚の紙を渡してくる。キャルティはなんだろうと思い、書いてある文字を読む。


「バーグ商店のアイゼンさん、ですか。ご用件は?」


「いえね、里親を募集していると聞いたので。外から見ていて気になる子が数名いるのですよ」


 その肥え太った腹を自信満々に突き出してそう告げる。


「あー、里親希望の方ですか。それは失礼いたしました。中へどうぞ」


 見るからに裕福そうな男性を見てキャルティは安堵する。この人に預ければ子供の将来は安泰だと。


 アイゼンを客室へと連れていき、アルバムを見せて引き取ってくれる子の名前を聞く。


 そうしてアイゼンは孤児院の中でも最も明るい子であるライカを含む4人の男女の写真を指差した。


「ではこの子たちと何度か面会を重ねてから……」


「いえ少しお待ちください」


 引き取りの手続きを開始しようとすると、アイゼンから待ったが入る。


「私は今すぐにでも子供たちを引き取りたいのです」


「お言葉ですが子供たちの幸せな未来を考えておりますので、それは無理です」


「良いのですか? もしこの条件を引き受けていただければ相応のお礼をしようと思うのですがね」


 そう言うと、アイゼンは持っているカバンの中から札束を積み上げていく。


「ここに百万ゼルあります」


「いくらお金を積まれても無理なものは無理です」


 毅然とした態度で断るキャルティにアイゼンはさらに言葉を重ねる。


「確かこちらの孤児院はお金が足りないと聞きましたがね。職員の方が嘆いておられましたよ。このままでは潰れてしまうとか」


 嫌らしい笑みを浮かべてアイゼンが言う。


「孤児院がつぶれてしまえば、ここの子供たちはどうなってしまうんでしょうかねぇ?」


「国に申請が通れば補助金が出ます。それまで耐え忍べばよいのです」


「その申請を私が通してあげると言えば?」


「それは……」


 キャルティからすればそれは甘い天使の囁きであった。


「こう見えて私はかなりの権力者です。貴族の方にも顔は利きますよ? さあ、どうします?」



 ♢



 結果としてキャルティは子供たちをアイゼンに託した。


 決して良い人物には見えなかったことは事実だ。しかし、経済的に豊かであり、孤児院の未来を考えればこれも良いのではないかと思ってしまった。


 キャルティの手元にはアイゼンが置いていった百万ゼルの札束がある。先程、机にしまっておいたものだ。


「院長、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」


 アイゼンが去ってからも客室に戻ったキャルティの下に一人の職員の声が聞こえる。キャルティは急いで百万ゼルを隠すと、職員に入室の許可を出す。


「先程の男性に子供たちを預けてよかったのですか? 面会なんて1回も行っていないんですよ?」


「どうやら忙しい方で頻繁に面会に来られないらしくて。ですが話した感じではかなり良さそうな方だと思って彼に子供たちを預けることにしたのです」


 内心でドギマギしながらもキャルティはそう答える。


 罪悪感はあった。しかし、子供たちをぞんざいに扱ったりはしないだろうと思い子供たちを送り出したのである。


 この時のキャルティは知りもしなかった。アイゼンがどんな男であるかを。

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