第82話 黒い勇者は懲りずに嗤う

「それにしてもよく見つからずにここに来られたものだ」


「元々我が領に住まう者は少なかったからな。戦えぬ者は他の所へ向かわせたし、結局ここに来ているのは少数の家臣に五つの分家と我が本家のみだ」


 教団本部の暗い1室に居るのは魔神教団の教祖であるレヴィとエルザード家当主、シノ=エルザードである。


「そういえば取引の際に聞いていなかったが、何故既にある一定の地位についているお前が力を貸す気になったのだ?」


 レヴィはずっと疑問に思っていた。勇者ともあろうものが何故自分たちに力を貸そうと思ったのかを。王国を裏切るであろうことも分かっておきながら。しかも持ち掛けてきたのはエルザード家の方からなのだ。


 元々、魔神教団とエルザード家は対立していたのだがある日、シノ=エルザードが和解を申し込んできたと聞く。


「なに、単純な話だ。契約通りお前達から魔神の膨大な力をもらってある者を討伐することが我々の目的だ」


「ふむ、お前達ですら勝てないのか? そのある者とは」


「現状は不可能だ。だが、魔神の力を授かれば確実に仕留めることはできるだろう」


 うわべではそう言っているが、実のところシノの中にはもう1つ考えていることがあった。それは現在の自分たちの地位についてである。


 確かに「5つの光」としてもてはやされていたが、それはあくまでカリンが居たからこそ成り立っていた話。それが、カリンがエルザード領を抜けたという話が広まり、王国内でエルザードも落ちたな、勇者様はカリン様だけだ、など自分たちを揶揄する声も増えていった。


 今回の協力はそうした王国への復讐という意味合いも籠っている。そして、強化された自分たちならば魔神教団の下につくことなく、寧ろ操れるとさえも思っている。


「ほう、了解した。ならばこいつを渡しておこう」


 そう言ってレヴィは小袋をシノに手渡す。


「……確かに受け取った」


 中身を確認したシノは表情を動かさないまま、そう呟くとそのまま席を立つ。


「もう行くのか? 少しお茶でもして話そうではないか」


「協力はするが、仲良くする気はない」


 友好的な申し出を素っ気なく返すと、シノはそのまま部屋から出て行ってしまう。


 1人部屋に取り残されたレヴィは特に気にすることもなく、テーブルの上に置かれているティーポットで自分の手元にあるティーカップに茶を注ぎ始める。


「……若いのう。だからこそこうも簡単に釣れるのか」


 茶をすすりながらそう呟く。


「レヴィアタン」


 その時、大きな部屋にレヴィの真名を呼ぶ男の声が聞こえる。


「その名前で呼ぶんじゃない」


「別に良いだろうが。細かいことで目くじらを立てるな」


「お前の方がよく怒る癖に」


「何を!」


 赤くなって憤怒する男を見て、ほら見たことかとレヴィは思う。長年、連れ添っている仲間として気性は把握しているらしい。


「まあいい。そんなことを話しに来たのではない」


「あいつのことだな?」


「ああ、そうだ」


 こいつが来るときはいつも決まって彼の者の制御を任せられる。


 普段はこの男が見張っているのだが、手が付けられなくなったときにレヴィの能力である『セパレート』に頼ってくるのだ。


「仕方ない」


 そう言ってレヴィもまた重い腰を持ち上げ、その男に従う。彼の者が暴れれば魔神様復活と言っていられなくなるからだ。


 こうして教団本部の会合の部屋がまた静寂に包まれるのであった。



 ♢



「セレンはまだ引きこもっているのか?」


 レヴィの前から去ったシノは教団本部内の分家達の居住区へと向かい、あれからふさぎ込んで引きこもってしまっているセレンの所を訪ねていた。


「あれはまだ無理ですな。余程、力の真髄を覗いてしまったのかもしれませぬ」


「あやつの能力は有用なのだがな。本人がその調子ならば能力が腐る」


 セレンの持つ『千里眼』はイズール家当主であるダンレンの能力の上位互換であり、情報収集にはもってこいなのだが、クロノを見てからというものの力を使うのを怖がってしまい現在に至る。


「『竜印の世代』として持ち上げられたくせに結局残っているのは3人だけか」


 シノは落胆するようでもなく、ただ事実を述べる様にしてそう言う。


「一応セレンにも渡しておいてくれ」


 シノはダンレンに対して赤い液体が入ったガラス瓶を渡す。


「これは?」


「ドーピングの様な物だ。それを使えば劇的に能力強度が高まる。さっきレヴィからもらった」


「ほう。魔神教団にしてはやりますな」


 ダンレンの感心した言葉を聞くとシノはそのまま背中を向けて歩いていく。


 暫く歩いたのちにシノは足を止める。


「……まあ、強い力には相応の代償が伴うがな」


 邪悪な声色で紡がれたその言葉は誰にも届くことはない。普段感情の無いシノの顔に久しぶりに感情が芽生える。たっぷりと悪意の籠った笑みが湛えられている。


「黒の執行者よ。貴様にはこの私を見下した罰を受けてもらう。どんなことをしてでもな」


 悪意に染まった勇者が深い闇への歩みを始める。

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