第80話 グレイス

「そうだね。第1王子専属の諜報員にして、王国の影である我等『グレイス』に入ってくれないか? 君の力を王国のために使ってほしい」


「断る」


 俺が即答したのが意外だったのか、クリスの表情が少し曇る。


「……一応、どうしてかだけでも聞いていいかな?」


「俺はアークライト家以外に仕えるつもりはない」


 決まっている。アークライト家に仕えながら裏で王子にも仕えているという状況はあまりにも不義理すぎる。公爵家の方々は優しいから許してくれるかもしれないが、俺は許せない。


「そうか、それは残念だね」


 俺の意志が固いことを悟ったのだろう。クリスは諦めの笑みを浮かべてそう言う。


「ただ、協力はしたいと思う。あくまで助っ人という形で。俺も魔神教団のことは許せないから」


「ありがたいね。ならクロノ君。せめてカード番号の交換だけはしてくれるかい?」


「分かった」


 クリスがこちらに向けて金色のカードを差し出そうとする。あんなカードがあるんだなと不思議そうに眺めながらも俺もカードを差し出し、お互いのカード番号を交換する。


「本当はペアリングもしたいところなんだがな」


「それは無理だ」


「だろうね」


 クリスは少し口端を上げて言う。


 そこで黙って聞いていたジオンがすっと手を挙げる。


「殿下。私から少しよろしいでしょうか?」


「うん、良いよ」


「ありがとうございます。それで私が思うのは、魔神教団の枢機卿を倒せるほどの存在を果たしてペアリングもせずに放っておいてよいのかということです」


「別に良いのではないか? 魔神教団と繋がっているわけじゃないんだから」


「しかし、エルザード家とは繋がっているかもしれません。その状況で今後、魔神教団と繋がるという可能性は無きにしも非ずではないでしょうか?」


「なら、どうするつもりだ?」


「拘束しておいた方がよろしいかと。それか無理やりにでもペアリングをしてしまうのがよいと思います」


 話が一転したな。


「それは無理だよ、ジオン。今回はこちら側が無理やりクロノを連れてきてこうやって勝手に魔神教団とのつながりを確かめていたんだ。そのつながりが無いと確認できた今、彼を自由にできる権限は我々にはない」


 クリスがたしなめるように言うが、それでもジオンの目から疑いは消えていないようだ。


「話は聞かせてもらったわ」


 その時、グレイスが拠点とする建物の扉が勢いよく開かれる。入ってきた人物は意外も意外。誰も予想していなかっただろう。夜に映えるブロンドの美しい髪にその場にいる者の視線を奪うほどの美貌の持ち主、我がご主人のリア様であった。


「り、リア様? どうしてこのようなところに」


「どうしてじゃないわよ。カードの位置情報を見たら明らかにおかしな所に行っていたから心配になって探しにきたのよ。そうしたらいかにもな場所に着いたからね。それでクリス殿下? これはいったいどういう状況か説明してもらえます?」


 リア様はカツカツと靴音を響かせながら勢いよくクリスに迫ると、冷え切った目でそう問いかける。


「すまないね。少しそちらのクロノ君をお借りしていただけさ」


「その割には周りに武装している人たちが見えるのですが?」


 ジロリと周囲を睨みつけるその眼光の鋭さはまさに公爵様譲りといったところだろうか。数々の修羅場を潜り抜けてきたであろうグレイスの面々も少しだけ怖気づくのが分かる。


 これ以上はまずいと判断した俺は椅子から立ち上がり、リア様の方へと歩み寄る。


「ご心配をおかけしました。御覧の通り私は無事ですので」


 そう言って寮へと帰ろうとリア様を促すが、クリスとその周囲を睨んだまま動こうとしない。


「ねえ、公爵家の令嬢だからってあんまり調子に乗らない方が良いんじゃない? こっちはこの王国の王子様なんだよ? しかも別にクロノさんに何かをしたわけじゃないんだしさ」


 そんなリア様に無礼な言葉をかけるのは俺を襲撃した少女、カトリーヌであった。


 自身の主人が睨みつけられたのに対して不満でも持ったのだろう。しかし、その言葉はリア様の怒りに油を注ぐだけである。


「何もしていない? 扉を開く前に聞こえてきた言葉は明らかにクロノを尋問するかのようなものだったわよ?」


 リア様は引くこともなくカトリーヌにそう詰める。カトリーヌはそれに反論できないのかグッと押し黙る。


「殿下、今後このようなことはやめていただけますか? クロノは私の付き人ですのでまずは私から話を通してください」


 カトリーヌの様子を見て再度クリスの方に向くと、リア様はピシャリとそう言い放つ。


「ではこれで」


 たいそうお怒りなのが見るだけで分かる。


 俺もグレイスの拠点から出ようとするリア様に従って付いていくのであった。

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