第79話 疑い

「クロノ君、すまないね」


 そうしてフードを上げた青年の顔を見て驚愕する。


「まさか、お前が王国の諜報部隊だったとはな。ジオン・ゼオグラード」


 ゼオグラード家で長男と常に比べられ、卑下されている男が王国の影として恐れられている組織の団長か。どうりで力を隠していると思った。


「ジオンで良い。それでここに来てもらった理由はもうカトリーヌから聞いているよな?」


「大して聞いてないぞ」


 俺は身元がどうのこうのと言われただけで何を聞かれるのかなど1つも聞いていない。


「カトリーヌ?」


「あっ、ごめんなさい。全然何も言ってないかも」


「言ってないかもじゃない。まったく、たびたびすまないね。うちの部下の気が利かなくて」


 ジオンは少し申し訳なさそうにしている。しかし、目の奥は冷え切っており、本当に感情なんてあるのかと疑ってしまうほどであった。シノとはまた違った意味で表情のない男だ。シノを能面と評するのなら、ジオンは氷の仮面とでも言おうか。


「大丈夫だ。どうせ聞いたところでそんなすぐには理解できない」


「……そう言ってくれると助かる。では、用件を述べる。私達はクロノ、君が魔神教団となんらかの関係があるのではないかと疑っている」


 淡々と述べられたジオンの言葉は衝撃的なものであった。俺が魔神教団と繋がってる?


「なんでだ?」


「順を追って話そう。私達は最初、魔神教団とここの副学長とのやり取りを追っていた。その過程で副学長がある計画を練っていたことを知った」


「ある計画?」


「君も知っているはずさ。というか当事者だからな。あの合宿のことだ。学長が合宿を提案した時に真っ先にあの男は手を挙げてこう言った。『私の敷地を使ってください』と」


「それがあの山だったということか」


 俺の問いにジオンはこくりと首を縦に振る。


 元々、副学長が借りた山だったと学長が言っていたので特に不思議なことはない。魔神族との戦いの時に裏切られるということを嫌というほど経験した俺にとっては些事であった。


「そして、案の定、魔神教団が入り込んできた。そこまでは想定内だったんだ」


「だが、想定外があった」


「ああ。そしてそれこそが君に聞きたいことでもある」


 冷徹な水色の瞳がこちらをまっすぐに見据える。


「魔神教団の枢機卿。あいつらは精鋭が集まる教団の中でも魔王の力を操り、更に規格外の力を振るう。そしてその内の一人である怠惰の魔王の子が来ていた。これが一つ目の想定外だ。そして二つ目の想定外、それこそが君の存在。あの後、君はどうやって怠惰を撃退できたのかな?」


 目の前にいる男からではなく、この部屋にいる者全ての視線を一身に受ける。


 俺が答えあぐねていると、ジオンは続きを話し始める。


「……答えられないか。なら、続きを話すよ。そこで私達が調べたのはあの場に居たリーンフィリア公女殿下の実家であるアークライト家、そして君の身元だ。最初知った時は驚いたよ。行方不明になった長男が君だったとは思わなかったからね」


「……」


 淡々と紡がれる言葉は容赦なく次から次へと俺の頭にねじ込んでくる。


「アークライト家には結局なにも無かった。でも君の実家には少し怪しい動きがあったんだ。最初から疑問に思っていたんだ。あの教団が王立学園の副学長とはいえ一個人と手を取り合うはずがない。明らかにその後ろには大きな組織があるのだと。そして、私達の読みは当たった。副学長の出身地が」


「エルザード領だったってことか」


 口にするだけで虫唾が走る。あいつら、今度は何をしでかすつもりだ。


「そう。そして、そこから君の身元を考えるとあら不思議、点と点が繋がっていくんだ。怠惰の魔王の子を撃退したんじゃなくて元から繋がっていてなにかしら取引でもしたんじゃないかってね」


 そう言うと、ジオンは懐から黒い水晶を取り出す。


「この水晶は怠惰が持っていた水晶だ。これが取引する物だったんじゃないかと私は考えている」


 そこまで黙って聞いていたが、正直俺からすればでっちあげも甚だしいのだが、それを証明する根拠が無い。


 どうしたら誤解が解けるだろうか。


「とこれでいいでしょうか? 殿下」


 俺が黙っているとジオンが突然暗闇に向かって話しかける。その口調は先程までがまるで借りものであったかのように全く違うものであった。


「大丈夫さ。ありがとう、ジオン」


 そうして現れたのはクリス・ディ・メルディン。この国の第1王子。


「どうだい、クロノ? 私の諜報員は優秀だろう?」


 緊迫した空気からの温度感の落差に戸惑う。なんだなんだ? いきなりクリスが現れたのにも驚いているが、俺は詰められていたんじゃないのか? 一度に飛び込んでくる情報が多すぎる。


「さっきまでのは私がジオンに喋らせていたただの仮説さ。それもあんまり信ぴょう性のない。だってそうだろう? 魔神教団と繋がっているのならクロノがあんなに教団にとって不利益なことをするわけがないし。まあ、途中までは本気で思っていたんだけどね。だって、枢機卿を撃退したなんてありえないと思ったから」


 まあ、それはそうだろう。なんたって、相手はカリンですら敵わない相手だからな。


 あの時にすれ違った黒いローブがこいつらで、あの後のことを見ていたのならそう判断するのも納得できる。


「だから今確認させてもらったのさ。どっちなのかを。それで様子を見て白だと判断した。もし黒なら正体がバレたくなくてもっと喋るはずだからね」


 そうしてクリスはこちらに手を差し伸べる。


「そこでクロノにお願いがある。枢機卿を撃退したその力を私達に貸してくれないか?」


「それはお前らの組織に入れってことか?」


「そうだね。第1王子専属の諜報員にして、王国の影である我等『グレイス』に入ってくれないか? 君の力を王国のために使ってほしい」

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