第78話 王国の影
カトリーヌの足取りは段々と王都の外れへと向かっていく。
「王国の諜報部隊なのにこんな治安の悪そうなところに本拠地があるのか?」
周りを見渡せばゴロツキ共が品定めをするかのように凝視してくる。
「こんなところだからこそ秘密裏に集まるにはもってこいなのよ」
いつの間にか敬語が外れたカトリーヌはそう言うと、どんどん中へと入っていく。元々そういう口調なのだろう。
「よう、ガキども。こんなところにくるってこたぁ、どういうことか分かってんだろうなぁ?」
案の定、一人の男が俺達の前に立ちはだかる。カトリーヌは、はあとため息を吐くと男の鳩尾に一発入れて気絶させる。
「ねえ、こいつ新入り?」
カトリーヌが不満そうにそう言うと、周りにいたゴロツキ共が一斉に立ち上がり近づいてくる。
「す、すいやせん姉御! ちゃんと言い聞かせておきますので!」
「お手数おかけしました!」
「そう思うのなら私達の前に立ちふさがった時点で止めてほしいけどね」
「そ、それは姉御の技が久しぶりに見られるかと思いまして」
「綺麗な突きでした!」
先程気絶させられたゴロツキは他のゴロツキ達にそのまま引きずられていく。
「そういえばそこの男は?」
「お前達に言う必要はないわ。余計な詮索はしないことね」
「失礼しました!」
カトリーヌの鋭い言葉にわらわらと集まってきたゴロツキ共は一斉に離れ、道を空けていく。
「なんだ、知り合いか」
「知り合いというかご飯をあげて叩きのめしてたらいつの間にかこうなったわね。お陰で身を隠しやすくなったけど」
カトリーヌは少し気恥ずかしそうにそう答えるとまた歩みを始める。
少し歩いていくと外れにあるとは思えないほどの大きなそして不気味な建物が見える。丁寧に掃除されているらしく不潔感はない。むしろ清潔感すら覚える建物の扉に手をかける。
ギィッという音を立てて扉が開く。
「ここが私達、王国の影である“グレイス”の本拠地よ」
中に入るとカトリーヌと同じ黒いローブを着た男女が目に入る。
今はフードを被らずに顔を曝け出しているためか俺の存在を確認した瞬間に全員が一斉に顔をフードで隠す。
「カトリーヌ! 連れてくるのなら事前にカードで知らせろ!」
「ああ、ごめんごめん。すっかり忘れてた」
その中で一番体が大きな男がカトリーヌを叱責するも当の本人は然程謝っているように見えない。
「てめえ!」
「ダン。お前が気配で分からない方が悪い」
奥にある椅子に腰を掛け、先程唯一フードで顔を隠したままにしていた男が声を発する。ダンというのはどうやらカトリーヌに叱責したガタイのでかい男のことのようだ。
「これで全員なのか?」
「そうよ。意外?」
「はっきり言って意外だな。まさか王国の諜報部隊がたったの10人しかいないとはな」
「まあ、厳密に言ったら王国の諜報部隊ってわけじゃないから。活動をしていたらそう呼ばれるようになったから都合が良くてそう名乗ってるだけだし」
周りを見渡す。経験から察するにこの中ではカトリーヌとあの椅子に座った男が別格に強いな。
「それでカトリーヌ。眠らせてから連れてくるのではなかったのか?」
椅子に座った男がそう問いかける。
「私も最初、そうしようと思ってたんだけど全然無理だったわ」
「お前ともあろうものが失敗したのか」
男は椅子から立ち上がるとこちらに近付いてくる。背丈は大体あの白い獅子と同じくらいだ。
「……見たところ強いとは言っても所詮は学生の域を超えないと思うがな」
「別に不思議じゃないでしょ。隊長とかいう化け物が居るんだし」
「ふん、それもそうか」
そうしてこちらに手を出して握手を求めてくる。
「ようこそ。私の名はリューク。グレイスでカトリーヌと同じ副隊長を務めさせてもらっている」
「歓迎してもらって悪いが、あいにく眠り薬が仕込まれている手に握手をしようとは思わないな」
「……気付いていたか」
先程キラリと何かが指と指の間に挟まれているのが見えた。先程の睡眠薬を針先にだけ塗って握手をしたときに刺そうとしたのだろうということが分かった。
「ちょっと、リューク。もしこいつが暴れたらあんたの責任だかんね!」
というか今更眠らせる必要なんてないだろ。よっぽど俺を逃がしたくないらしい。
「それで隊長とやらはどこにいる? できればこれ以上リア様の近くをウロチョロしてほしくないんだが」
「隊長は今、主にご報告に行ってらっしゃる。もう少し待て」
ついてこいと言われたから付いてきたっていうのにその偉そうな物言いには腹は立つがそれを抑えて近くにあった椅子に腰を掛ける。
「30分だけ待ってやる。できれば寮の門限は越えたくないからな」
門限を越えると窓から入る以外に説教を回避することができない。それは面倒だ。
10分ほどが経った頃だろうか。ギィッと扉を開く音が聞こえる。
「隊長! お疲れのところ申し訳ありませんが仕事です」
「カードで聞いたから知っている」
隊長と呼ばれた男は靴音を鳴らしながらこちらに向かってくる。相変わらず黒フードは被ったままだ。いっそのこと俺も仮面でも着けていようかな。
「クロノ君。すまないね」
そう言ってフードを上げた男の顔を見て驚愕する。
「じ、ジオン・ゼオグラード……」
そこには真っ白な髪の毛の美少年。ジオン・ゼオグラードの姿があった。
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