第76話 クロノの人気

 いつもと同じ授業、いつもと同じクラスメイト。しかし、いつもとは違うことが一つだけある。


「あれはなんですかね?」


 座学の授業が終わり、昼休憩となった現在、Sクラスの前にはかなりの生徒たちが群がっている。入りたそうにするが、どうにもその1歩が出ないようでおどおどとしている。


「私に聞かれても分からないわよ。少しこちらを見ている気はするけど」


「だね。なんだかやけに視線を感じるよ」


「カリンが目当て?」


「そうですかね? まあ、家を抜けたとはいえ勇者様に変わりはないですからね」


「ふーん、そうなのかね」


 少なくとも俺ではないだろうことが分かっているため他人事のようにそうつぶやく。俺の頭の中はもうすでにその生徒達の姿はなく、次に何を食べようかという考えしか残っていなかった。


 その生徒たちの内の一人の女生徒が意を決してSクラスの敷地に入ってくる。


「す、すみません! クロノ様はいらっしゃるでしょうか!」


 身を固くして少し上ずった声で紡がれた言葉は予想外の一言であった。


 その女生徒の言葉に勇気をもらった生徒達も続々とクラスの中に入ってくる。


 俺は何かを察していつも常備しているあの黒い仮面をサッと顔に装着する。


「クロノかい? それならあそこに……」


 クリスがその女生徒に歩み寄り、そう言ってこちらに視線を向けた瞬間に俺は仮面を着けたままゆっくりと首を横に振る。クリスも合点がいったらしくニコリと微笑み返してくれる。


「いたんだけどもうどこかへ行ってしまったみたいだね」


「そ、そうですか……ご迷惑をおかけしました。失礼します」


 クリスの機転の利いた言葉によりなんとか生徒達を帰すことに成功する。俺はクリスに向けてグーサインを送るとクリスはやれやれとでも言いたげに首を振る。


「せっかく来てくれていたのに」


「だって、面倒ではないですか」


 俺は仮面を外してリア様に答える。


「そういえば聞いたことがあります。なんでもこの学園に通う平民たちの間でクロノさんは英雄的扱いになっているらしいです。いわく平民の星だとか」


「それに生徒会にもクロノファンクラブみたいなものの原案が来たしな」


 クリスがこちらに来て話に参加する。そういえばこいつ、生徒会の書記だったな。


「ファンクラブだと? 勿論断ったよな?」


「ああ、面白そうだし良いんじゃないかっていうことで通ったよ。いつか発表されるんじゃないかな」


「おい」


「まあ、考えてみたらそりゃそうじゃない? 選考試合で優勝しているんだし」


 カリンが他人事のようにそう言う。本来なら俺がそっちの立場だったってのに!


「逆に貴族側からはリーンフィリアが注目されているみたいだな。クロノの話題など一切でない」


「それはそうだ。俺に注目する方が変わってる」


 いつもリア様の後ろを歩いている付き人だ。だれの印象にも残っていないだろう。現に先程、仮面を着けただけで俺がどれだか分かっていなかったし。


「クロノ、どんまい」


「お前は良いよな。気楽で」


 普通ならばSランク冒険者として注目されるはずだっていうのに普段の姿と戦闘時の姿があまりにも違い過ぎて気付かれていないライカは人の注目を浴びることはない。


 ある意味で最強なのだ。


「クロノが注目されればご主人である私も鼻が高いわね」


「面白がらないでくださいよ」


 こっちとしては非常に困ってるんですから。


「これから仮面を着け続けることを検討している」


「やめてよ。後ろに仮面を着けた不気味な人がずっと追いかけてくるのなんていやよ」


「それにクロノはリーンフィリアの付き人だということは知っているだろうから、仮面を着け続けるのはむしろ逆効果だぞ?」


「それもそうか」


 クリスの言う通り、仮面を着けたまま常にリア様のそばにいると、クロノってあの仮面を着けるんだ、みたいな感じで仮面を着けてもバレてしまうようになる。


 それでは本当に隠したいときに仮面の意味が無くなってしまう。


 どうせリア様達と一緒にいれば話しかけられることはないのだ。大人しくしておこう。


「まあまあ、難しいことは後にして食堂に行きましょう? 私、お腹が空きました」


「ああ、私は少し生徒会に行かないといけないから。またな、みんな」


「じゃあね」


「じゃあなクリス。さっきは助かった」


「ああ、気にするな」


 クリスは笑みを浮かべてそのまま教室を出ていく。


 俺達もクリスの後を追うように教室を出て学食に向かうのであった。



 ♢



 ――学園のとある場所。


「……何かわかったか?」


 周りに誰もいないことを確認して言葉を発したのはメルディン王国第一王子であるクリス・ディ・メルディン。


 手には王族専用の金色に光るコミュニティカード。


「そうか。分かった」


 そう言うとクリスは通話を切り、前を向く。


「クロノがエルザード家の人間か……これは調べる必要があるな。手荒になるのは勘弁してくれよ、クロノ。こちらも王国を守らないといけないから」

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