第75話 王国の影
メルディン王立学園学長室。
その大きな机に肘をついて考え事をしているのはレイディ・メルトキル学長その人である。
考え事の内容は勿論先日の合宿での出来事について。
あの山は事前に確かに副学長たちと共に魔物や怪しい者が居ないか入念にチェックを入れたうえで入ったはずなのだ。しかし、蓋を開けてみれば魔神教団という最近巷で話題の組織が潜んでいた。
既に保護者や各関係者の者には学長自らが事の顛末を話し、頭を下げにいった。結果的に重大なけがを負ったものがいなかったため激しい追及をされることが無かったのがせめてもの救いだ。
「副学長所有の山だからといって油断していたな」
そしてもう一つ、学長の頭に浮かぶ姿がある。それは、いつもリーンフィリアの後ろに控えているあまりぱっとしない黒髪の付き人、クロノの姿だ。
彼が選考試合で優勝した時は驚きこそしたものの、学生の試合は運で左右することが多いため特段気には留めていなかったのだが、今回のあの水色の髪の少年は明らかに運で勝てるような相手ではなかった。
水色の髪の毛の少年は興味を失って去っていったらしく、自分のおかげではなくあくまでリーンフィリアが撃退したと言っていたのだが、流石に怪しい。
あの黒髪の少年には何かがある。
そう考えたところで部屋の扉をコンコンと叩く音が聞こえる。
「入れ」
「失礼します。学長」
現れたのは眼鏡をかけた神経質そうな男、メルディン王立学園副学長のボードアン・オブレイである。
「先日の件、何かわかったことはあったか?」
「申し訳ありません、調べてみたのですがどうにも侵入ルートがつかめませんで……」
「そうか。すまないな、君にはかなり働かせてしまている」
「何をおっしゃいます。普段はともかく最近は貴方様の方が働いていらっしゃるではありませんか」
「そうか?」
「はい、勿論ですとも」
満面の笑みでそう言う副学長にやつれた笑みを浮かべながら学長は言う。
「なら、この仕事を代わりにしておいてくれないか?」
ドサッと2段に積まれた書類の束を見て副学長は思うのだった。言わなきゃよかったと。
♢
「くそ、あのオンナ! ちょっとおだてたらすぐに調子に乗りやがって」
爪を噛みながら廊下をカツカツと歩いていくのはメルディン王立学園副学長。
自室に渡された書類を置くと、そこから階段を下っていき、こっそりと裏口から出ていく。
「あらあら、どこへ行くんですかぁ? 副学長さん」
少し間延びした女性の声がすぐ後ろから聞こえる。
いつの間に真後ろに居たのか。一切の音もしなかった。
「学園の一教師に何の用だ?」
ボードアンは心の揺らぎを悟られないように平静を装って尋ねる。
まさかバレていないよな? という思いを抱いて。
背中にトンと鋭いものが当てられる感触がする。
「一つ質問なんですけど、1年Sクラスの合宿の際に魔神教団が現れたのってあなたの仕業ですかぁ?」
「ふざけたことを。私はむしろ被害者側だ。そんなことを言われる筋合いはない。分かったらその武器をしまって立ち去るがよい。そうすれば見逃してやっても良いぞ?」
副学長は両手を挙げて、そう告げる。
「ふ~ん、白をきるんですねぇ」
少女はそう言うと、スッと身を引く。
「今回はこの辺にしておきます。ああ、こちらは振り返らないでくださいね? 私の手がうっかり滑ってしまいかねないですので」
その言葉が聞こえた一瞬の間に既に気配が消え去っていた。
解放されたボードアンは思い切り息を吸い込む。あまりの威圧感に呼吸をするのを忘れてしまっていたらしい。
「はぁ、はぁ。影の奴等がとうとう私のことも感づいてきやがったか。これからはあの方との接触も気を付けないとな」
ボードアンは少女が追ってくることを恐れ、目的地への道を引き返し学園の中へと戻っていく。今回のことはコミュニティカードを通して伝えればよいと、そう思って。
♢
「どうだった?」
「間違いなく黒ですねぇ、隊長」
学園の端にある倉庫の裏にて黒いローブを被った2人の男女と一人の学生服を身に纏った男が集っている。
「やはりか……引き続き監視は続ける。お前達は早々に学園を出ると良い。見つかると何かとややこしいからな」
「御意」
「畏まりました」
隊長と呼ばれた男の指示を聞き、二人の黒いローブはその姿を消す。
「奴の後ろには何か大きな組織があるはず。果たしてどんな魚が釣れるだろうか」
大いなる影が動き出す。
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