第67話 魔王の子

「面倒だなぁ。どうして『魔王の子』である僕がわざわざこんな僻地にまで能力強度を集めにこないといけないんだ」


 教団員が出ていったあと、相変わらずその場で寝ころびながらリンゴをかじっている不思議な少年、レイジー・グレイスはそう不満を口にする。


「ああ、またなくなっちゃった」


 手にしたリンゴの可食部がなくなり、そのまま洞窟に投げ捨てる。これで3個目だ。


 レイジーはまた新たなリンゴを近くにあるバスケットから取り出し、かじり始める。が、すぐにかじるのをやめてしまう。


「噛むのが面倒になってきた」


 そうして先程齧りはじめたばかりのリンゴをポイと放り投げる。


 気だるげに洞窟の闇を眺めているレイジーの目は次の瞬間、なにかを見つけたかのように大きく目を見開く。


「へえ、あれが勇者なんだ……ちょうどいい」


 レイジーは周りとは圧倒的に隔絶した力を感じ取り、横にしていた体をゆっくりと起こす。


「逃したくないから面倒だけど僕が出るしかないか」


 大いなる力がゆっくりと動き出す。



 ♢



「ライカ、終わった?」


「終わった。カリンは?」


「こっちも終わったよ」


 周りには紫色のローブを纏った者たちが倒れているザッと20人くらいだろうか。


「私も終わったわ」


 リーンフィリアも二人の下に歩いてきてそう告げる。


「いったいなんだったの?」


「……恐らく魔神教団だね」


 襲撃者が身に着けているおどろおどろしいデザインのネックレスを見ながらカリンが言う。あのネックレスは魔神教団特有のものだ。


 魔神教団はどういうわけか下っ端でも強いものが多い。司教クラスになるとSランク冒険者でも勝てるか怪しい程だ。


「皆は大丈夫かしら」


「急いで戻ろう」


 3人は来た道を引き返していく。


「3人とも! 無事か!?」


 前方から学長が走ってくる。どうやら仕掛け人の教師たちを救い出すことに成功したらしく、背後にはお互いを支えあって立っている教師たちの姿が見える。


 その周りには魔神教団員が倒れている姿。数はリーンフィリアたちが倒した数ほどではなく、3人ほどだが、それでも一人一人はかなりの手練れである。


 それを倒したのは流石メルディン王国最高峰の学園の教師といったところだろう。


「無事です」


「よかった……後はガウシアとセシルだが」


 レイディ学長は二人のみを案じる。自分が森の中に入り、ここまでくる間に二人と出会わなかったからだ。


 この道なりに進んでいないということはなんらかのトラブルがあったに違いない。


「まさか私がついていながらこんなことになるとはな」


 レイディは肝試しなんて馬鹿なことをするんじゃなかったと後悔する。ここは副学長所有の土地だから大丈夫だろうと侮り、安全意識が足りていなかった過去の自分を叱責する。


「取り敢えず一回皆で屋敷へ戻ろう。二人の捜索はお前達の安全を確保してからだ。すまないが、カリンとライカには私に付いてきてもらいたいのだが良いか?」


「はい」


「うん」


 カリンとライカは学長の言葉に即答する。


「レイディ学長。私もいけます!」


 リーンフィリアも負けじと手を挙げるが、学長は首を横に動かす。


「ダメだ。お前は屋敷にいろ」


「どうしてですか! 私も十分戦えます」


「私はお前が弱いからそう言っているんじゃない。相手が強いから言っているんだ。お前ではまだ無理だ」


 ぴしゃりと厳しく言ってのけるレイディ学長にリーンフィリアは口を噤む。ここで言い争いをしている方が二人をより危険にさらすということが分かっているからだ。


「納得してくれ、リーンフィリア。今は屋敷ですら安全とは言い難いんだ。ここの戦えない者達をお前が守ってやってくれ」


「……わかりました」


「よし、それじゃ皆! 屋敷へ向かうぞ!」


「なんだ、屋敷に向かうの? ならここまで歩いてくる意味なかったじゃん」


 こんな山奥では不釣り合いな幼い少年の声が聞こえてくる。


 そうして現れたのは紫のローブを着ている少年。服とその首に着けている禍々しいネックレスからして魔神教団の一員であることを表している。違う点は他の者達がフードで顔を隠している中、少年はフードもかぶらず、顔をさらけ出しているところだ。


「誰だ!?」


「えぇ、答えるの面倒だなぁ。まいっか」


 少年はなにやら一人でつぶやくと腕を上げる。


「スロウ」


 その瞬間、その場にいた少年以外のすべての者の動きが止まる。正確に言うと、全ての者の動きが


「こ、この能力は……」


「おっと、流石に勇者は違うね。この能力の中でも喋ることができるんだ」


 感心するように言う少年。確かにリーンフィリアや学長、ライカが口を動かそうにも動かせない状況の中、カリンだけは普通に喋れている。能力強度の高さが故のことだろう。しかし、カリンの心には余裕が無い。


 この能力は怠惰の魔王の力だと分かっているからだ。


「お前は怠惰の魔王、なのか?」


 信じられないものを見るかのような目でカリンはその少年を見つめて言う。


「う~ん、説明するのが面倒だなぁ。平たく言えば怠惰の魔王の力を与えられた人間? ってところかな」


 肝心なところをすっ飛ばし、簡単にそう告げる。


「今は魔神様の復活に必要な能力強度を集めているところだね。君にもその手助けをしてもらうよ」


 少年は気だるげな声でそう告げた。カリンは怠惰の魔王と戦った時のことを思い出し、緊張でごくりとのどを鳴らす。


 怠惰の魔王は5人の竜印の世代で戦って勝てなかった存在。しかし、今戦えるのはカリン一人しかいない。


 カリンは一人で大いなる力に立ち向かう覚悟を決めるのであった。

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