第68話 少年の実力

「そう言えば勇者って魔王に勝ったことはないんだよね?」


「そうだけど何か?」


「なら、君一人でどうやって僕に勝つって言うんだい? おとなしく降伏してくれないかな? 戦うのは面倒なんだよ」


「面倒ならそもそも魔神教団の言うことを聞くのをめたらどうかな? それが一番楽だと思うよ」


「……考えてみたけどそっちのほうが面倒なことになりそうなんだよ。僕は曲がりなりにも魔王の力を与えられているわけだし、何もしなければ僕のことを殺しにくる刺客を毎日追い払わないといけないから」


 カリンは内心で非常に焦っていた。少年が言うようにカリンたち竜印の世代の全力を以てしても倒せなかった相手が怠惰の魔王だ。その怠惰の魔王の能力を引き継いだ少年に果たして一人で勝てるのかが疑問であった。


 その時、バチッという痺れた感触を覚える。


「私も動ける」


「私も大丈夫」


 そこには全身を雷に迸らせているライカと光のオーラを纏っているリーンフィリアの姿があった。


「ふ~ん、勇者みたいに能力強度の高さでスロウの効果を弱めているんじゃなくて能力の効果で無理やり突破してるんだね。でも果たしてその状態はどのくらい続けられるんだい?」


 少年の言う通り、ライカとリーンフィリアが動けているのは力ずくのものである。この調子で長時間動き続ければ二人とも動けなくなるだろう。


「でもこれで3対1」


「私だって戦えるんだから」


 二人の息が荒い。誰がどう見ても無茶だと思うだろう。


 カリンはその二人の意志を感じ取り、心配していた自分の心をしかりつけ、目の前の強敵に意識を傾ける。


「ライカ、リア、付いてこれる?」


「勿論」


「大丈夫!」


「じゃあ行くね」


 カリンの合図で二人が同時に地面を蹴る。


 突っ立っている少年にカリンは腰に差している黒い刀を引き抜き、勢いよく振りかざす。ライカは雷を纏った拳を振り抜き、リーンフィリアはエネルギーが凝縮された光の柱を生み出す。


「「「ハアアアアアッ!!!!!」」」


 3人の能力が交じり合い、少年に容赦なく降りかかる。


「……面倒だね」


 少年は襲い来る二つの超越者を前にして悠然とその場に突っ立っている。


 ズガン!!!!


「嘘……」


 いつの間にか少年は先程とは違う場所に立っており、攻撃を全てよけきっていた。


「ねえ、甘いよ? 全力も出さずに僕を倒そうなんてさ」


 攻撃に失敗した三人は少年から早々に距離を取る。


「トール、持ってこれば良かった」


 ライカは冒険者として仕事をする際にはトールという大きなハンマーを担ぎ、それで戦っているのだが、流石に合宿所には持ってきていなかった。


 それで全力を出さずに、と言われたのだろう。


 そして、カリンに関してはまだ一段階上の力がある。しかし、あまり効果時間は長くない上に消耗が激しいため、それで倒しきれなかった場合は負けが確定する。


 そのため、カリンもその力を出せずにいた。


 リーンフィリアに関してはスロウの効果を打ち消すために能力の大半を使っているため、全力を出してこの状態なのだが。


「まあ、君たちが手を抜いたままの方が僕も楽なんだけどね」


 少年はそう言うとゆっくりと歩を進める。


「僕の能力がどんなものか教えてあげる」


 ゆっくりと動いているはずの少年の姿が次の瞬間には3人の目の前まで迫ってきていた。


「『ペースメイカー』。スロウだけじゃないんだよ?」


 少年から打ち出された拳はスロウがかかっている者には目で追えないほどの速さであった。


 少年の細腕とは思えないほどの膂力にライカとカリンがその身を打ち抜かれる。


「カハッ……」


 あまりの衝撃に二人は吹き飛ばされ、近くにあった大木にたたきつけられる。


「……ゆ、油断してた。魔王ほどではないけど、まさかここまで強いなんて」


 カリンは思い出す。目を細めて自分たちのことをまるで虫けらのように眺めていたあの怠惰の魔王を。奴の膂力はすさまじく、あまり動かない代わりに少し腕を振るえば大地はえぐれ、遠く離れているというのにその衝撃に体が打ち砕かれた。


 流石にそれほどの攻撃力ではないが、それでも翼持ちの魔神族の中でも高位な存在よりも膂力がある。


「ねえ、まさかだけど僕の力を魔王よりも弱いとか思ってないよね? 殺さないように手加減しているだけだからね、勘違いしないでよ」


 カリンはキッと口を一文字に結び目の前にいる強敵を睨みつける。


「あなたはいったい何がしたいの? 同じ人間でしょ? 魔神なんか蘇らせたらあなたも一緒に殺されるのよ?」


 リーンフィリアがそう問いかけると、少年は不快そうに顔を歪ませる。


「魔王の力を持っている時点である程度察してほしいんだけどな。面倒だからあんまり説明したくないんだよねぇ。まあ、簡単に言うと僕は襲われない立場にいるから大丈夫なんだよ」


 最早説明にはなっていないその言葉はリーンフィリアだけでなくカリンの心にも火をつける。


 自分たちが多大な犠牲を払って封印した魔神をどうして守られていた側の者がよみがえらせようとしているのか、その怒りが爆発的にカリンの感情を満たす。


「まあ、もうこれで終わりにするよ」


 先程と同じようにリーンフィリアの目の前に少年の姿が迫る。


「殺しはしないよ。能力強度を吸い出せないからね」


「薄汚い手でリア様に触るな」


 少年は後ろから迫りくる強大な力を感じ取り、その場から離れる。


「ブレイク」


 そう唱えた瞬間、その場にいる者にかかっている全てのスロウの効果が打ち砕かれる。


「無事ですか?」


「ええ、なんとか。危なかったけど」


「それは申し訳ありませんでした」


 現れたのは黒い破壊のオーラを身に纏ったクロノであった。


「カリン、みんなを連れて屋敷へ逃げてくれ」


「分かった」


 クロノが黒の執行者であることを知っているカリンは全てをこの男に任せようと早速行動に移る。


「ちょっと、ちょっと。逃げてもらっては困るんだよ」


「ブレイク」


 少年が逃げようとするカリンたちを捕えるべく再度スロウをかけようとしたところで俺がその能力を破壊する。


「お前の相手は俺だ」

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