第12話 決闘
「決闘……ですか?」
「ええ。でも戦うのは私じゃなくてあなたが馬鹿にしたこのクロノよ」
だと思った。薄々気付いていたが、これはまた厄介なことを言ってくれる。
「リア様。こんなところで決闘を申し込むのはいかがなものかと」
俺はリア様が恥をかかないように、前のガザールに聞こえないよう、小声で囁く。
「でも、ここで引き下がったらあなたが馬鹿にされたままじゃない。そんなの納得できないわ」
「私は気にしておりませんよ」
「私が気にするの」
どうしたものか。リア様の目は既に決意を固められている目である。これは何を言っても聞かないときの目だ。
「どうしたのですか? まさか、公女殿下ともあろう者が決闘を提案しておいて怖気づかれたのでしょうか?」
そんな風に俺とリア様が小声で話し合っていると、ガザールの不快な声が飛んでくる。相手が俺だと知って急に勢いづきやがったな、こいつ。
そして、こいつは今聞き捨てならないことを言った。俺は冷徹な眼差しをガザールに向ける。
俺の視線には全く気付かないまま、ガザールは続ける。
「私はこうみえてメルディン王立学園の合格者です。相手が首席である公女殿下であらせられれば私の勝ち目は薄かったでしょう。しかし、相手がそちらのお連れの方ともなれば話は別。すぐに打ち負かしてご覧にいれましょう」
侮蔑の視線を俺にちらりと向け、真っ直ぐにリア様の瞳を見る。その態度は公女殿下相手に対しては不遜すぎるものがあるが、リア様もいきなり決闘だと仰っているため、礼儀の面で注意することはできない。
そうは分かっていながらも俺の中では既に怒りがふつふつと煮えたくっていた。
それはこのガザールという小物がリア様のことを侮ったことにある。
「決闘の報酬はいかが致しましょうか? 公女殿下」
ガザールはまたもニヤニヤとしながら傲慢な申し出を迫ってくる。
「何でも良いわ。あなたが負けた時にクロノにちゃんと頭を下げればそれで」
「では、一日リーンフィリア公女殿下を好きにできる権利を頂きましょうか」
「別に良いわ!」
ガザールは下卑た目でリア様をねっとりと眺める。まるで既に自分の手にしたかのように。
もう、我慢ならないな。
「リア様、今はこの愚男を倒します。しかし、後でお説教ですよ? 自分の身を簡単に放り投げたことも含めて」
俺は堂々とガザールに聞こえるように言う。
「ええ、やってやりなさい!」
説教の部分が聞こえているのか凄く不安な返答が来ました。だが、絶対に説教はしますからね!
「ぐ、愚男だとっ!?」
「ええ。公女殿下にそのような厚かましいお願いを申し出ること自体が愚かです。故にあなたは愚かな男。なんら間違えたことは申しておりませんよ?」
「その言葉、後悔するんだな!」
ガザールは俺の言葉に激高し、構えを取る。
対する俺は構えもろくに取らずに腕をぶらんと垂らす。
「何故構えない?」
「構えは必要が無いかと思いまして」
「生意気な!」
煽れば煽るほどヒートアップしていき、ガザールから動き出す。
「平民如きが私に生意気な口を利きやがって!」
鈍い動きで拳を振り上げる。本当にこいつは学園に受かったのか? こんな遅い動きでどうやって実技試験を乗り切ったというのか。
俺はその鈍重な動きを完全に読み切り、放たれた拳を片手で軽々と止める。
短気な奴だが、安直に能力を使わないとは考えたな。それにしても弱いパンチだが。
「な、何だと……俺の『怪力』の能力が効かない?」
前言撤回。ちゃっかり使っていやがった。それに使ってこれかよ。
俺は半分呆れながらガザールの拳を掴みながらガザールの体を持ち上げていく。
「な、離せ!」
「分かりました」
俺がパッと手を離すと、ガザールはその場にしりもちをつく。
「何をする!?」
何をするも何も離せと言ったのはお前だろうに。
もういいや、こいつとの決闘がこれ以上長引くとリア様に迷惑をかけてしまう。
「終わりです」
俺は床にしりもちをついたままのガザールの顔面に向けて蹴りを放つ。
「ヒッ!?」
そして当たる寸前のところで足を止める。
「私の勝ちですね」
スッと足を降ろすと、怯え切ったガザールの顔が見える。どうやらビビりすぎて腰が抜けて立てないようだ。取り巻きの者に抱えられてようやく立つ。
「それでは約束を守ってくれるかしら? ガザール・エストワール?」
リア様は悪代官のような笑みを浮かべ、ガザールに詰め寄る。
ガザールも公女殿下に対して無礼な要求をした手前、約束を破るわけにはいかない。
悔しそうに地面に膝を付けると、俺に向かってガザールが頭を下げる。
「も、申し訳なかった」
くやしそうに顔を歪めながら言われてもあまり謝られた気がしないな。
そうして、リア様に許しを得るとガザールは立ち上がりこちらを睨みつけながら去っていく。さっきの謝罪はどこへ行ったんだ?
「……リア様? 少しお話があります」
「う、うん? 聞こえないわよ?」
「今回ばかりはダメです。ちゃんと聞いてください。まずどうして決闘なんて申し込んだのですか? いくらリア様とはいえ少しやり過ぎです」
「だ、だって、クロノの本当の実力を知らないやつがクロノのことを馬鹿にして腹が立ったんだもの……」
ガーッ、上目遣いでそんなことを言うなー! 許してしまいそうになるだろうが!
ドキドキする心を押し殺して説教を続ける。
「それと気安くご自身のことを賭けるのもやめてください」
「それもクロノが絶対に勝つと思っていたから」
「……ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
か、可愛い……
「はい、もう良いです。それで許しましょう」
俺がそう言うと、リア様の顔に笑顔が戻る。
これ以上怒ると、可哀想すぎて俺の心が持たない。もしかして、俺って甘いのか?
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