第2章 新入生

第11話 合格祝い

 宿で荷物をある程度まとめ終えると、俺とリア様は合格祝いに王都にあるレストランへと来ていた。


「私なんかが良いのですか?」


「何言ってるのよ。二人の合格祝いなんだから二人で来ないと意味が無いでしょう?」


 いや、ホントに気が引ける程の高級店に連れてこられてしまった。てっきり、もっと庶民的なものを想像していたのだが、どうやら公爵様がリア様にお金をたくさん持たせていたらしい。


 流石は馬鹿お、コホンッ、お子様想いの良い方だ。


「何でも頼んで良いわよ。お金なら沢山あるから」


 メニュー表をポンと渡されたので覗いてみる。うん、桁がおかしいね。何なんだよ、ステーキ一枚で30000ゼルって。桁一つ間違えてんぞ。


 俺は真剣にメニュー表からどれが一番安いかを探し始める。


 それにリア様がしびれを切らしてしまい、メニュー表が取り上げられてしまう。


「もう良いわ、クロノの分は私が頼んであげる。その代わり私の分をクロノが頼んでね? まさか、主人である私に安い物を食べさせようとはしないわよね?」


 逃げ場が無くなってしまった。ここは水でも飲んで精神を落ち着けるんだ。


「何頼もうかな? そうだ、この『赤毛牛のフィレステーキ』にしちゃおうかな」


 俺は驚きの余り思わず飲んでいた水を吹き出してしまう。


「ちょ、ちょっと! それ一番高い奴じゃないですか! 流石にこれは……」


「なーに? 私の判断が間違えてるって言うの?」


「……間違えておりません」


「はい、よろしい」


 ここに来てからというもの常にリア様の手のひらの上で転がされている。


 こうなったらヤケだ。俺だってこの『赤毛牛のフィレステーキ』を頼めばいい話だ。


「あっ、言い忘れていたけれど同じものは無しだよ? 面白くないから」


「わ、分かりました」


 退路は断たれた。


 結局俺は自分が好みの『極上サーモンの塩焼き』を選んだ。


 ♢


「あー美味しかった!」


「そうですね!」


 ニコニコで退店するお嬢様の後ろを見守りながら付いていく。


 あの後、二人で互いのメニューを交換しながら食べたが、どちらも格別な味わいだった。


 流石は貴族御用達の店といったところだ。


「これはこれはリーンフィリア公女殿下ではありませんか」


 店を出ると、派手な服を着た数人の青年のうちの一人がリア様に話しかけてくる。


「私、ラングレイ伯爵が息子、ガザール・エストワールでございます」


「リーンフィリア・アークライトよ」


「ここで会ったのも何かの縁です。よろしければ私と共にお食事の後のティータイムでもどうでしょうか?」


 リア様は昔からこういう手合いに絡まれがちだな。主にその美貌のせいだろうが。


「お断りするわ。今日は宿に戻って色々することがあるの」


「少しだけで良いんです。ほんの少しだけで。公女殿下の合格を祝いたいのですよ」


「いえ、本当に時間が無いの」


「そこをなんとか」


「いえいえ……」


 しつこいなぁ。何度も断られているのによくそんなメンタルが持つな。リア様の顔を見ると、ピクッピクッと血管がぶちぎれそうになっていらっしゃる。


 もう限界だと判断した俺はサッとリア様を守るようにして前に立つ。


「ガザール様。リア様も嫌がっておりますのでその辺にしていただきたい」


「誰だ貴様は?」


「私はクロノです。リア様の付き人をやっております」


「家名は?」


「そのようなものはございません。私は平民ですので」


 そう言うと、ガザールとその付き添いが見下すようなまなざしをこちらに向ける。


「平民如きが私に口答えをするとは何様だ?」


 それは貴族による明らかな平民蔑視。これまでに何度も味わってきたものだ。


「あなたこそ何様かしら? クロノは私の付き人。つまり、クロノを馬鹿にするというのは私を馬鹿にすることと同義じゃなくて?」


 背後で熱い炎が燃え上がっているのが分かる。どうやら先程のガザールの言葉でプツンと切れてしまったらしい。


 あーあ、こいつらのせいでリア様の機嫌を損ねないようにしていた俺の努力が台無しだよ。


 俺は声に出さないものの絡んできた彼らに対して嫌悪感を抱いた。


「決闘よ!」


 ん? リア様が何かおかしなことを言い出したぞ?

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