第10話 合格発表

 今日はメルディン王立学園の入学試験の合否が分かる日である。俺は朝早くから支度をすると、リア様を起こしに向かう。


 コンコン。


「リア様、お時間ですよ」


 返事は無い。どうしたのだろう。この時間に起きていないのは珍しい。


 心配になり、俺は扉を開く。


「リア様、大丈夫です、か?」


 ガチャリと勢いよく扉を開くとそこには下着姿のリア様が居た。


 顔を赤くしてこちらを睨みつけている。


「し、失礼いたしましたーーー!」


 俺は即座に扉を閉めると、そこでバクバクと音が聞こえるほど鳴る胸を何とか鎮めようとする。


 み、見てしまった。


 俺はゴクリと息を呑むと、その場で壁にもたれかかる。


 少しして着替え終わったリア様が出てこられる。顔は当然、不機嫌そうなお顔である。


「クロノ、少しお話があるわ。よろしくて?」


 その有無を言わさぬリア様の様子にうんうんと高速で頷く。



 ♢



 まさか、あれから1時間も説教されるとは誰が予想しただろうか。まあ、公女殿下の下着姿を見ておいてそれで済んだのは異常とまで言えるのだろうが。


 今も尚、リア様の機嫌は直っていらっしゃらない。


「ま、まだ怒ってらっしゃいますか?」


「怒ってない!」


 いや、怒ってるだろ、とは言えない。どうしたものか。


 俺は合否発表の会場へと向かう間、頭をフル回転させる。何か打開策はないだろうか?


 しかし、何も名案が思い浮かぶこと無く学園についてしまう。


 学園に着くと、既に沢山の人であふれかえっていた。


 ある者は泣き叫び、ある者は喜びの雄叫びを上げる。


「……」


 無言で歩くリア様に一歩遅れて付いていく。なんだか気まずいな。


 そうして合格者の名前が張り出された掲示板へと目を向ける。


「あ、ありますかねー?」


「……どうかしら」


 気まずくなってリア様に話しかけるも相変わらず感情の無い声で返される。


 俺がしょぼんとしていたその時、唐突にリア様が飛び跳ね始める。


「あっ! あった! あったよ、私の名前!」


 リアさんが指差す方向、そこには1位 リーンフィリア・アークライト と書かれていた。


「凄いじゃないですか! 1位ですよ! 1位!」


「やった!」


 そう言うと、リア様が俺の腕にしがみついてくる。突然のことに俺は驚き、自分がどうすれば良いか困惑する。


 変な気は起こしちゃダメだ。リア様は純粋な気持ちで抱き着いていらっしゃるのだから。


「クロノのもあるよ!」


「……本当ですね。良かったです」


 一先ずは受かっていてよかった。これで受かっていなかったら公爵様に何と言えばよいか分からないからな。残念ながら14位というなんとも平凡な順位ではあるが。


 そうして自分が合格したのだという余韻に浸っていると、リア様が腕にしがみつきながらすすり泣き始める。


「良かった、二人とも受かってて良かったよ。朝から心配で心配で……」


 グスッと涙を流しているリア様の頭の上に俺はそっと手を載せる。


 なるほどな。さっきまで機嫌が悪く見えていたのは合否が不安だったからなのか。それも俺の分まで考えてくれているってなるとリア様らしいなと思う。


 そんな心優しい公女様が泣き止むまでそっと寄り添う。こんな時、気が利く王子様はどうするのであろうか。頭をポンポンと優しく叩いたりして慰めるのだろうか。それともよく頑張ったねとねぎらいの言葉をかけるのだろうか。


 俺には到底そんなことはできそうもない。ポンポンと頭を優しく叩くなんて恐れ多いし、よく頑張ったねと上から目線で言えるような身分でもない。


 ただ、寄り添うだけ。それが俺にできる唯一の慰めであった。


 ♢


「少し、みっともないところを見せてしまいました」


 まだ赤い瞼を擦りながらリア様は恥ずかしそうに俺の腕から離れていく。


 抱き着かれていた時は心が休まらなかったが、これはこれで寂しいものだ。


「そう言えば、合格者は指定の場所で学生証と書類を受け取りにいかなければならないのでしたね。行きましょうか」


「そうね。行きましょうか」


 すっかり落ち着きを取り戻したお嬢様と共に合格者受付へと向かう。


「すみません。合格者受付はこちらでお間違いないでしょうか?」


「あっ! リーンフィリア公女殿下ですね。お待ちしておりました。今回の試験、首席合格おめでとうございます。それと、そちらの方は?」


「私はリーンフィリア公女殿下の付き人をやっております、クロノと申します」


「クロノ、クロノ……あー、あの筆記試験が満点の噂の子ね」


「筆記試験満点!? 凄いじゃない、クロノ! 1か月しか勉強していないのに」


「ハハハッ、たまたまですよ。たまたま」


 本当はエルザード家でみっちりと教えられたのだが。


「王国一の難易度である試験で満点を取っておいて、たまたまなわけないでしょう? もっと誇りなさい」


「そう言われましても……」


 首席であるあなたには言われたくない。


「じゃあ、お二人の学生証と入学手続きの書類がこちらでございますね」


 そうして学生証と書類を受け取ると、自分のクラスを確認する。どうやら二人ともSクラスのようだ。


 一先ずは二人が同じクラスであったことに喜んだ後、荷物をまとめるため、一旦宿へ帰ることにする。明日から学生寮に引っ越しだ。

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