第4話 門出
使用人の仕事をしながら勉強の時間にはお嬢様と共に勉強をして一月が経った。とうとう明日がメルディン王立学園の入学試験日である。
俺とお嬢様は馬車に荷物を詰め込み、王都へ向かう準備を終えていた。王都までは時間がかかるため、今日でて王都の宿に泊まり、試験に臨むのである。
「それじゃあ、行ってくるわね皆」
「……くぅ~、感慨深い。幼い頃は泣き虫だったリアがまさか学園に通うほど大きくなるとは」
「大げさですよ。……あら? おかしいわね。私も目から水が」
公爵様だけでなく、奥様までもが涙を流してお嬢様の門出を見送る。
「ちょっと、恥ずかしいからやめてよ」
ご両親の熱量にお嬢様は顔を赤くして照れる。お嬢様は公爵様方のたった一人の愛娘なので、この反応は仕方が無いだろう。
「クロノ君、娘を頼んだぞ」
「お任せください。どんな危険が襲おうとも私が必ずや無事にお嬢様を王都へとお届け致します」
俺は胸に手を当てて誓う。これは公爵様から頼まれたために発したうわべだけの発言ではない。本心からの言葉である。
公爵様は俺の返事に満足そうに頷く。
公爵様たちの後ろには俺のことを散々世話してくれていた使用人仲間たちが涙ぐんでいるのが見える。その姿を見て俺はここに来た時のことを思い出し、目を少し潤ませる。
最初のころは本当に荒んでいた俺の心を公爵様、奥様、お嬢様、そして先輩方の優しさが包み込んでくれたお陰で今の俺がある。
おまけに本来ならば使用人は通えないはずの学園にまで通う許可をくれたのだ。この家の全員に対して感謝が尽きない。
「では出発しますね」
お嬢様を先に馬車へお入れしてから続いて馬車の中へと入ったのを確認すると、公爵専属の御者、バードさんが馬車を動かし始める。
豪華な馬車の窓から身を乗り出してお嬢様が別れの挨拶をする。
「じゃあね!」
「長期休暇には帰ってくるのよ~!」
「分かったー!」
そうして俺達は公爵家を後にするのであった。
♢
「ねえ、クロノ?」
「どうされましたか?」
「私達って学園に入ったら同級生になるわけよね?」
「そうなりますね」
「だったらタメ口でも良いんじゃない?」
「ダメでしょう」
馬車が走り出してから少しして、またお嬢様のいつもの我儘が始まった。
何故かお嬢様はことあるごとにリアと呼ばせたがったり、友達のようにタメ口で話しかけさせようとしたりするのである。
どこの世界に使用人が主人のことを愛称で呼び、タメ口で話しかけることがあるだろうか。
「それは良いじゃないですか。クロノ、お嬢様にタメ口で話してあげなさい」
いつもなら二人のやり取りだけで終わるのだが、今回は御者のバードさんまで茶々を入れてくる。
「いーえ、バードさんが言っても私は敬語で話します。これはけじめなのです」
「なんのけじめよ。ただの石頭なだけでしょう?」
プイッとお嬢様が向こうの方を顔を向ける。困った。この状態のお嬢様はたいてい拗ねていて話を聞いてくれないのだ。
長旅になることを見越すと、こんなに早い段階で気まずくなるのは非常に不味い。
どうしようと慌てていると、バードさんが前を見ながらこちらに向けてグーサインを向けてくる。そんなことをしてないでちゃんと馬車を操縦してほしい。
「お嬢様?」
「……」
返事が無い。観念して目を瞑ると、俺は小さな声でお嬢様に話しかける。
「……リア、俺が悪かった。だから機嫌を直してくれ」
その瞬間、お嬢様が満面の笑みで素早くこちらに向き直る。
「やっとタメ口で話してくれた!」
「や、やっぱり無しでお願いします!」
その場の空気に流されたとはいえ、言ってしまったことを後悔する。俺はなんと恐れ多いことをしてしまったのだ。
「ちょっと、それじゃ意味ないじゃない」
「そうですよ、クロノ。それじゃあ、お嬢様が気の毒です」
「そ、そう言われましても……」
二人に詰め寄られ、俺は打開策を考える。
「で、ではせめて呼び方をお嬢様ではなく、リーンフィリア様と呼ぶことで……」
「……」
「や、やっぱり、リア様と呼ぶことでどうですか?」
お嬢様の反応を見て慌てて言いなおすと、お嬢様は、はぁとため息を漏らす。
「今回はそれで良いわよ」
「やはりクロノにはまだ早かったですか」
呆れられているが、なんとか打開はできたようだ。状況が変わったことで俺はほっとする。
というかバード、俺に対してすら敬語を使う貴様に言われたくはない!
そうして馬車に揺られながら徐々に会話の中でリア様とお呼びすることを慣らしていった。
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