第4話

 梅雨が明け、夏が始まろうとしていた。止まる事の出来ない地球温暖化が進んだせいで都市部の気温は四十度を優に超えてくる。暑苦しい世の中と同調するかのように我々の会社は成長してきた。ストライクファミリーが抱き込んでいる会社は五百社以上に上る。

 そんな中、唯一の中立組織である倫理委員会が動いたのは何でもない業務が行われていた瞬間だった。

「大野社長。倫理委員会から連絡がありました」

 社長室に颯爽と入ってきたのは秘書の元原だった。

「インシデントか何かか」

「いえ、インシデントではく十年後を見据えた長期計画書に問題があると」

「何故だ。あの長期計画書はミライナが作ったものだ。間違いなどあるはずがないだろう」

「私もそう思って再三確認したのですが、少子高齢化対策に問題があるとの事です」

「馬鹿な」

 日本国を傘下に置いた今、我々ストライクファミリーは倫理委員会に未来をデザインした計画書を提出する事になっている。だが、人間が作ると偏りが生じてしまうため、世界最大の情報量を誇る我が社の威信を掛けて開発したAI「ミライナ」にデザインは任せている。

「少子高齢化をミライナは人工授精で解決すると記録していますが、それが問題あるとの事で。十年後、ミライナはチップを埋め込んだ人間のシリアルナンバーから男女をランダムに抽出し、精子と卵子を授精させて子供を増やす計画だそうで」

「なるほどな。つまりは、人間の正常な営みを阻害する案だから問題があると」

「その通りです。この件で大野社長と直接倫理委員会長の野崎さんが話したいとの事です」

「参ったな。この前人工授精キットの開発を子会社のケミカルブラザーズ株式会社に頼んだばかりだぞ」

「その開発も撤回するようにとのお達しです」

「何てこった」

 私は天を仰いだ。人工授精キットの開発にすでに何十億か投資してしまっているからだ。

「ミライナにこの件を伝えたら、社長は全ての予定をキャンセルし倫理委員会に向かう事を提案されました。どうされますか」

「ミライナがそう言っているなら従うしかないだろう。野崎さんのところへ行こうじゃないか」

 日本国の政治が我が社に取って代わられた時、中立派として立ち上がった倫理委員会は、我々にとっては邪魔でしかなかった。ミライナが提案した政治に対しても意見を挟んでくるし、何より中立という名の元にとやかく干渉してくるのだ。倫理委員会は全員が人間だ。決断を下す重要な機関であるはずなのに、そこにAIはいない。人工知能なくして国の存亡に関わるなど現代のシステムから考えれば異常でしかない。

「無人タクシーを呼びました。向かいましょう」

「了解した」

 安定した会社経営を行うのが社長の務めだと思っていたが、これは何やら波乱万丈な事象が起こりそうな気がして私は緊張感を覚えたのだった。

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