第12話 俺の幼馴染が激怒した
遠野さんのその一言で、教室内は
彼女が告げたその言葉は、それだけの意味を持っていた。
椎名は当然のように、そして俺と椎名の関係を知っている人間なら今の言葉に驚かないわけがなった。
俺が椎名と同じ約束をしていた女が他にいた。
そんな話が出れば、どうなるか。そんなの考えるまでもなかった。
「えっ? 新藤君、椎名がいるのに他の女の子に手出してたの?」
「サイテー……ずっと椎名に隠してたの?」
「いや、新藤も驚いてるから違うんじゃね?」
「ならなんで転校してきたばかりの遠野さんがあの話知ってるんだよ? 普通知らないだろ?」
ざわざわと騒がしくなった教室で、俺と椎名のことを知っている生徒達が、疑惑の目を俺に向けてくる。
朝子と浩一の二人も、彼等と同じように驚いた顔を見せていた。
「新藤、成瀬さんのこと
「嘘かと思ってたけど新藤が成瀬さんを無理矢理侍らせてたって話、本当かもしれないぞ?」
「本当なら成瀬さん可哀想過ぎるだろ?」
高校から俺と椎名のことを知った生徒達が、俺に嫌悪の視線を向けていた。
「……しょーくん? それ、どういうこと?」
そして少し遅れて、椎名が声を震わせていた。俺とあの約束していた人間が他にもいるなんて思ってもいなかっただろう。あの椎名が驚かないわけがない。
だが、ありえないと驚きたいのは俺の方だった。初めて会った人間からこんな話をされて、俺も理解が追いつかなかった。
唖然とする椎名を見つめて、俺は静かに首を横に振っていた。
「知らない……俺は知らない。俺はコイツとそんな約束なんてしてない」
「そんな悲しいことを仰るなんて……勝也さんは私との大切な約束を忘れるような酷い方だったんですか?」
口元を両手で隠してあからさまに驚いた後、遠野さんの目が潤んでいた。
今にも泣きそう、そんな彼女の表情を見た周りの生徒達が息を呑んだ。
泣きそうな遠野さんに対する周りの生徒達の反応を見て、俺はマズイと直感した。
ありもしない話が、今の一瞬で信憑性が一気に増した。
俺に向けている嫌悪の視線が、それを確信させた。この瞬間で、この教室の生徒の大多数が遠野さんの話を信じてしまった。
この状況はマズイ。俺はそう思うと慌てて席を立ち、遠野さんを睨みつけていた。
「……お前、悪ふざけも大概にしろよ? 俺と初対面のくせになに変なこと言ってんだよ?」
「そんな……私と交わした約束を本当に忘れてるなんて……あんまりです。ずっとこの日が来るのを……私は待ち望んでましたのに」
俺が睨んでも、遠野さんは怯むことなく変わらずに目を潤ませていた。
だがその時、俺は見えてしまった。手で隠している彼女の口元が、小さく笑ったのを。
「お前……!」
「私を思い出せないのなら、思い出させてあげます。私と勝也さんが幼馴染だったことを……ずっと昔も、こうしてましたよね?」
なにを――と俺が言う前に、遠野さんが先に動いていた。
俺に一歩近づいて、遠野さんが俺の胸に両手を添えて身体をすり寄せていた。その姿は、俺が抱き寄せるのを待っているようだった。
それはまるで、想い人に焦がれる少女だった。彼女の容姿が相まって、一枚の絵にすら見えた。
黄色い声が教室に響く。そして男子から野次が飛んだ。
咄嗟に俺が後ずさろうとしても、遠野さんが俺の制服を掴んで離そうとしなかった。
「離れろって……!」
「私を力強く抱きしめてくれたら、きっと思い出せますよ?」
離れようとする俺の胸に顔を近づけて、遠野さんが小さな声で囁く。
その声を聞いて、更に俺は困惑していた。
なんだコイツは、一体――なんなんだ?
なんで俺にここまでしてくるのか、本当に理解ができなかった。
「さぁ、私を抱きしめてくださいな。私は、あなただけの女です」
遠野さんが催促する。しかし俺は動けなかった。
あまりに動揺して、全ての反応を放棄していた。
間違いなく、俺はこの女を知らなかった。昨日、ニュースサイトで写真を見ただけだ。実際に会ったことも、小鳥がさえずるような綺麗の声なんて一度も聞いたことがなかった。
記憶をどれだけ思い返しても、子供の頃にこの女と過ごした記憶が、俺には一切なかった。
それなのに、なぜこの女は俺のことを知っている?
なんで椎名と交わした約束をコイツは知っている?
どうして初対面の俺に、そんな顔ができる?
俺に向ける遠野さんの表情は、恋焦がれる少女の顔だった。こんな顔をされる覚えなんてなかった。
俺は、こんな女を知らない。そんな約束なんてしていない。
そう思うと、俺はようやく反応できた。彼女の肩を掴んで、無理にでも引き剥がそうとした時だった。
「――離れて」
そう言って遠野さんの肩を、俺よりも早く誰かが掴んでいた。
俺が視線を向けると、そこには今まで見たことがない顔の椎名が立っていた。
思い切り目を吊り上げて、怒りの表情で椎名が遠野さんを睨みつけていた。
そう声を掛けられて、遠野さんが顔だけを椎名に向ける。横から見える彼女の顔は、さっきの泣きそうな表情から一変して、余裕に満ちた表情になっていた。
「あら? 私と勝也さんの邪魔をされるんです?」
「私のしょーくんから離れて、今すぐに」
椎名の声に、少しだけ俺の背筋が凍った。
今まで長い付き合いの中でも聞いたことがない低い声。それは彼女がいまだかつてないほど本気で怒っていると問答無用で理解させられた。
「嫌です」
「そこは私の場所。遠野さんの場所じゃないよ」
椎名が遠野さんの肩を引くが、俺から離れようとしない。
遠野さんの態度にイラついたのか、椎名が更に強く彼女の肩を引っ張っていた。
「私と勝也さんの邪魔をしないでください!」
「そこは私だけの場所なの! しょーくんに抱き着いて良いのは私だけ!」
「いえ違います! 私が勝也さんと勝負に勝って、人生を共に生きるんです!」
「それは! 私としょーくんの約束! 遠野さんの約束じゃないの!」
俺から離れようとしない遠野さんと無理矢理でも引き剥がそうとする椎名。
そして始まる二人の口論。俺が離れようとしても、遠野さんが俺を離そうとしない。
この状況をどうすれば良いのか分からず、俺が頭を抱えた時――ふと、教室内にチャイムの音が響いた。
それはホームルームの終わりを告げるチャイムだった。
「……あ~、俺は授業の準備するから戻るわ。後は当事者達に任せる。あんまり騒ぐんじゃねぇぞ?」
今までの騒ぎを傍観していた先生がチャイムの音が鳴るなり、そう言って教室から出て行っていた。
いや、先生なら無理矢理でも落ち着かせろよ。なんで面倒そうな顔して逃げてんだよ。
周りを見渡しても、俺を手助けしてくれそうな人間なんて一人もいなかった。
「勝也さん! この方はどなたですっ!?」
「しょーくん! どういうことっ!?」
いや、俺が聞きたいよ。本当に。
まるで浮気がバレた男の気分だった。浮気なんてしていないのに……
二人が詰め寄って来る光景に、俺は顔を強張らせることしかできなかった。
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