第13話 俺の幼馴染が困惑する



 転校生が来た時の定番と言えば、なにがあるだろうか?

 もしその転校生が美少年や美少女なら、きっと生徒達がむらがって興味津々に質問攻めなんてイベントが起きるんだろう。

 ホームルームが終わった後の静まり返った教室で、俺はそうなって欲しいと心の底から思っていた。

 しかしそうなることはないだろう。目の前の光景を見ながら、俺は頭を抱えたかった。




「しょーくん! どういうことか説明してっ!」

「勝也さん! この方とはどういう関係なんですか!」




 静かな教室で、椎名と遠野さんが俺を睨んでいた。

 周りの生徒達が何も言わずに、俺達を見つめている。

 とても居心地の悪い状況だった。俺は何も悪いことをしていないのに、どうしてそんな目を向けられなければならないのか。

 とにかくこの誤解されいる状況をなんとかしないといけない。そう思って、俺はまず椎名の誤解を解くことを最優先にした。




「椎名、聞いてくれ。誤解なんだ」

「なにが誤解なの!?」

「俺がをしたのは椎名一人だけだ。他の誰とも、あの約束なんてするわけないだろ?」

「じゃあなんで遠野さんがしょーくんと約束したなんて言ってるの!?」

「本当に分からないんだって……そもそも今日初めて会った人だぞ? 俺が彼女のこと知ってるわけないだろ?」




 怒る椎名に、俺は嘘偽りない言葉で答えた。

 しかし俺の話を聞いても、椎名の目は明らかに俺を疑っていた。

 この様子だと、椎名の誤解を解くのはかなり手こずりそうだった。

 考えれば無理もない。この場で自分以外の女があの約束をしたと公言しているんだから、簡単に信じてもらえるわけがなかった。

 しかし実際、俺は遠野さんと約束なんてしてない。それを証明する方法なんて、してないと伝える以外の方法がなかった。

 困惑する俺を椎名がじっと見つめてくる。しかし、ふと横目で椎名が遠野さんの顔を見た時――彼女は眉を寄せていた。




「ん? 待って……遠野さんのその顔、どこかで見た気がする?」



 

 遠野さんの顔を見つめて、椎名が顔をしかめる。

 そして数秒して、椎名は何かを思い出したように目を大きくした。




「もしかして遠野さんって……昨日しょーくんが見てたニュースサイトに載ってた人?」




 椎名がそれを覚えていると思わず、俺が目を見開いた。




「そう! それだ!  俺が昨日たまたま見てたニュースに載ってた人だ! 昨日、俺が偶然見ただけなのは椎名も分かるだろ!」

「でもあの時の写真見て、しょーくん見惚れてたじゃん」

「見惚れてない! ただ強いチェスプレイヤーだから少し興味があっただけだ! 椎名なら俺がそう思うことくらい分かるだろ!」




 ここしかないと思って、椎名の誤解を解くために俺がたたみ掛ける。

 椎名も、俺がチェスができることは分かっている。そして強いチェスプレイヤーのニュースなどをたまに見ていることも知っているはずだった。だから俺がその手のことに興味があることなんて、当然知っている。

 俺の必死なその話を聞いて、椎名が眉を寄せて「たしかに……」と呟いた。

 俺に対する疑いの目が和らいだ。そこに俺は更に畳み掛けた。




「そもそもこの遠野さんはずっと海外に住んでたんだぞ? 子供の頃からずっと一緒だったお前に隠れて俺が海外なんて行けるわけないだろ!?」

「……それなら、なんで遠野さんがあのこと知ってるの?」

「そんなの俺だって知らないんだよ……なんで彼女が俺にこんなことして来るのか、全然心当たりなんだって」

「……そんなに親しそうなのに?」

「今日初めて会った人だぞ?」

「え? じゃあしょーくんの話が本当なら今日初めて会った遠野さんが急に約束守りに来たって言って抱きついてることになるけど?」

「そういうことだから困ってんの!」

「そんなわけないじゃん! 初めて会った人がこんなことするわけないでしょ!」

「なってるからこんなことになってんだよ!」




 ここまで必死に伝えて、ようやく椎名の反応が少し変わっていた。

 疑いの目から、意味がわからないと困惑したような表情を作っていた。

 しかしそれでも椎名の誤解が少し解けたと判断するには、十分な反応だった。

 困惑する椎名が怪訝な視線を遠野さんに向けていた。




「うぅ……酷いです。勝也さんが私以外の女性と関係を持ってるなんて……」

「椎名とは小さい頃からの幼馴染なんだ。その約束も、俺は椎名としかしてない。俺は遠野さんとそんな約束なんてしてない」

「そんなの嘘です。あなたの幼馴染は私だけですわ」




 一向に俺の胸にすり寄ったまま離れない遠野さんが顔を俺の胸に押し付ける。

 俺と椎名が遠野さんの肩を掴んで離そうとするが、絶対に離れないと彼女が俺の制服を掴んで離そうとしなかった。




「ねぇ、遠野さん? そろそろ離れてくれない?」

「遠野なんて他人行儀に呼ばないでください。昔は私のことをと親しみを込めて呼んでくれたじゃないですか」

「は……?」




 俺の胸の中で口にした遠野さんの言葉に、俺の身体が硬直していた。椎名も、俺と同じように彼女を見つめたまま固まっていた。


 コイツ、なんでその呼び方を知ってるんだ?


 子供の頃、俺が呼んでいた椎名のあだ名。それを知っているのは、俺と椎名の二人と俺達の家族だけのはずだった。

 それなのに、どうしてこの女からそのあだ名が出てきたのか俺は理解できなかった。




「……なんでそれ、知ってるの?」




 椎名も同じ気持ちだったんだろう。強張った表情で訊いていた。




「そんなの私が勝也さんの幼馴染だからです。あなたは私がずっとお慕いしていた殿方。私は勝也さんに勝つ為に、今日まで頑張ってきたんです。今まで一度たりとも勝つことができなかった勝負で勝てるように……!」




 震える声で、遠野さんが答える。

 更に出てきた遠野さんの言葉に、俺と椎名が揃って顔を見合わせていた。

 遠野さんがここまで詳しく俺と椎名のことを知っていることに、背筋が凍るような気さえした。

 まるで遠野さんのその態度は、椎名のいる場所が自分の場所だと言っているようだった。







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