第11話 俺の幼馴染が驚愕する
その転校生が現れて、教室は静かになっていた。
微笑むその転校生に、教室の全員が息を吞んで、その姿に見惚れていた。
視線を動かせば、男子の浩一はともかく同性の朝子や椎名までも、その転校生に目を奪われていた。
椎名達とは違うが、俺も別の意味でその転校生を見つめていた。
一瞬、なにかの見間違えかとも思ったが、見れば見るほどアレは間違えようがなかった。
あんな特徴的な外見の人間を見間違えるわけがない。彼女を、俺は見たことがある。
まるで外国人のようなに整った綺麗な容姿。可愛いではなく、綺麗という言葉が似合いそうだった。日本人にはありえない青く澄んだ瞳がとても印象に残る。
枝毛のない綺麗に整えられた銀色の髪。歩く度にゆらゆらと揺れるボブヘアーが綺麗な容姿とは正反対に、可愛らしく見えた。
遠野栞子。俺の記憶が正しければ、あの記事で彼女は天才女子高生チェスプレイヤーとして書かれていた。
確か海外でチェスプレイヤーとして活動している彼女が日本に来たのは、日本で行われるチェスの大会に出場する為だったはずだ。
大会に出るだけなら、日本の学校に転校してくる必要なんてない。大会が終われば自分の国に帰国するのだから、この国に長居する理由があるとは思えなかった。
それが単純に気になった。わざわざ日本の学校に転校してきた理由。それがまったく分からなかった。
「この外見で驚かれていると思いますので、先にお伝えします。私はロシア人と日本人のハーフです。そのため外国に長く住んでいましたので、あまり日本の文化に詳しくありません。同じクラスメイトの皆様にこれから多くのご迷惑をお掛けすると思いますが……どうかお許しください」
再度小さく一礼して、転校生は微笑んでいた。
その笑顔に、全員が反応できていなかった。目を奪られるというのは、まさにこういうことなんだろうと思った。
本当に絵に書いたお嬢様のような人間だった。立ち振る舞いも、言葉使いも丁寧で、気品がある。令嬢というのがピッタリな女だと思ってしまう。
普通に生きていて、こんな人間に会う機会なんてないだろう。全員が彼女に見惚れるのも無理のない話だった。
「今日は特にもう連絡事項もない。折角だ……残りの時間は遠野の質問コーナーにでもしておくか? 遠野、それで良いか?」
「はい。構いません」
「……だそうだ。じゃあ遠野に質問ある奴は手上げろ。適当に俺が名前呼ぶから質問してやってくれ」
呆気に取られた表情を揃って見せていた生徒達が、先生の提案が出た瞬間、一瞬でほぼ全員が手を上げていた。
自分が質問したいと大声を出しながら手を上げる生徒達の所為で、教室が騒がしくなる。
うるさ過ぎて思わず俺が顔をしかめていると、先生が「うるさいッ!」と注意していて、渋々と生徒達は静かに手を上げていた。
そうして、ようやく転校生の遠野栞子の質問コーナーが始まった。
「外国に住んでたのに日本語話せるの?」
「日本語は母から教わりました。子供の頃は私も少しだけ日本に住んでいたこともあったので、問題なく話せますよ。お気遣いありがとうございます」
「趣味はなんですか?」
「チェスを少々嗜みます。それ以外はマインドスポーツが好きですね」
「マインドスポーツって?」
「日本の将棋や囲碁などのボードゲームのことです。対戦型のボードゲームが好きと言えば分かりやすいでしょうか?」
「好きな食べ物はなに?」
「洋菓子と果物が好きですね。特にケーキとイチゴが好きですよ」
ありきたりな質問ばっかしてんなぁ……
先生が名前を呼べば、その生徒からテンポ良く質問が出てくる。
その質問に転校生――遠野さんは言葉に詰まることなく答えていた。
趣味がチェスと言った時点で確定だろう。あの遠野さんがニュースに載っていたあの天才女子高生チェスプレイヤーで間違いない。
天才と言われるからにはチェスが強いのは当然だ。チェスができる俺としても、彼女の強さに興味はあった。容姿は確かに綺麗と思うが、特に興味は出なかった。
将来の約束をした椎名がいる身として、他の女に現を抜かすわけにはいかなかった。
「どうして日本に転校して来たんですか?」
「…………」
そんなことを俺が呑気に考えていると、唐突に遠野さんがその質問で言葉を詰まらせていた。
俺の聞く限り何気ない質問だった。別に大した内容でもないのに、彼女が返事に困る理由が分からなかった。
困惑する生徒の視線を受けながら、少し目を伏せ、顎に指を添えて考える仕草を遠野さんが見せる。
そして何か納得したように小さく頷くと、遠野さんは遅れてその質問に答えていた。
「私はチェスの大会に出るために、日本に来ました。それでしばらくこの国に滞在することになったんです。以前から日本に住んでみたいと思っていたので楽しみにしていました。それと――」
「それと?」
質問をした生徒が首を傾げる。しかし遠野さんは微笑むだけだった。
何か最後の言葉が気になる。そんな疑問が教室にいる生徒達の視線が、遠野さんに訴えかけていた。
その視線を遠野さんも察しているだろう。しかし彼女はその疑問に答えることなく、教壇から一歩前で歩き出していた。
ゆっくりとした足取りで、遠野さんが教室を歩く。全員の視線が彼女に向けられていた。
どこに行く気なのか?
そう俺が思って遠野さんを見ていると、ふと彼女と目が合った。
俺と目が合った瞬間、遠野さんが笑ったような気がした。教壇で見せていた絵に書いたような微笑みではなく、やんちゃな子供のような笑みが見えた気がした。
眉を寄せる俺に、遠野さんが近づいてくる。そして遠野さんが俺の席の横に立つと、彼女は何故か俺を見つめていた。
「……俺の顔に何か付いてるのか?」
思わず、俺は訊いていた。しかし遠野さんは、じっと俺を見つめるだけだった。
周りの視線を感じる。俺が何事かと思っていると、遠野さんが口を開いた。
「私がこの日本に来た理由は、もうひとつあります。私は……ある約束を果たしに来ました。子供の頃、小さな男の子と交わした、とても大切な約束を」
そう言って、遠野さんが俺の頬に手を添えていた。
呆気に取られて、俺は反応できなかった。その手を弾くことも、何もできずに、ただ彼女を見つめていた。
頬に感じる冷たい手の感触。遠野さんの綺麗な顔が近くにあるから緊張している訳ではない。
彼女の口から出た言葉に、俺は困惑していた。
子供の頃に交わした大切な約束?
その言葉を俺は知っている。それは俺が椎名と交わした大切な約束を表す言葉だった。
俺を見つめる遠野さんが、ゆっくりと顔を近づけてくる。
そして次に彼女の口から出た言葉に、俺は目を大きくしていた。
そんな言葉が椎名以外の口から出てくるはずがない。そう思って。
「新藤勝也さん。私と勝負しましょう。もし私が勝ったら、結婚を前提とした交際をしてください」
頬に感じる柔らかい感触。そして微かに消える小さな音。
遠野さんが何をしたか、分からない訳がなかった。
「一体、お前はなにを言ってるんだ?」
「あら? 覚えてないんですか?」
「人違いだ……俺とお前は初対面だろ?」
「なら言い直しましょう。あなたに分かりやすい言葉で」
咄嗟に頬を押さえて、唖然とする俺に遠野さんは優しい笑みを浮かべていた。
それがトドメと言いたげに、楽しそうな顔で、彼女は言った。
「約束、守りに来ましたよ――しょーくん?」
俺をそう呼ぶ人間なんて、一人しかいない。
そう思って俺が椎名を見れば、彼女は両手で口を押さえながら信じられない物を見るような目で、俺を見つめていた。
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